眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

悪魔の棲む家(1979)


THE AMITYVILLE HORROR
監督は、スチュワート・ローゼンバーグ。

ロングアイランド、アミティヴィルの一軒家に引っ越してきたラッツ一家。だがここは、以前、長男による一家惨殺事件が起こった家でもあった。案の定、次第に奇怪な出来事が多発し始め、一家は恐るべき事態へと巻き込まれていく。

邦題に偽りなく、悪魔っぽいものが棲みついた家での、ラッツ一家の28日間が描かれる。後にシリーズ化され、計7本になるというから、如何にこの第一作目がヒットしたかが判るというもの。で、先日、ホラー映画の予告編の中にこの作品をみつけ、何とも懐かしく、また面白そうに思えたので、久方ぶりに再見してみた。
びっくりしたのは、ちっとも怖くない、ということ…。
あまりに面白くないのが、逆に面白過ぎるくらい、面白くない。といっても、映画が不出来、という感じでもない。奇妙な出来事が起こるのを、ドキュメントタッチで、淡々と描いている。一応、原作は、本当にあったことだという触れ込みだったので、実録ものとして描こうとしたと思われるのだが…。しかし、監督のローゼンバーグに、それが向いていたのかどうか…。

家全体の雰囲気や、室内の暗がりの描き方など、家のそのものの不気味さは、きちんと撮られている印象。また、次第におかしくなっていくジェームズ・ブローリンは、その憔悴していく感じが恐ろしく、なかなかの熱演。おそらく、狂気の淵に降りて行く男、というところにローゼンバーグは、ドラマ部分の足がかりを置いたのだと思う。もっと言えば、そこにしか、拠り所がなかったとも言える。ローゼンバーグは、この映画をどう撮るか、よく判っていなかったのでは…という気がするのである。この映画がようやく面白い感じになるのが、クライマックスになってから。ここはさすがに馬力がかかったというか、演出の力が物を言う、娯楽映画的な見せ場になっている。この辺りの作り方こそが、ローゼンバーグにも合っていたのではないか、と思ってしまうのだが…。

しかしながら、怪異現象が、ちっとも怪異ではないから怖くない…。
みんなの前で、テーブルが突然動くとか、そういう目に見えて恐ろしいことなど、最後まで起こらない。

窓が突然閉まって、子供が手を挟む→たまたま、としか言いようがない。
妻の弟がポケットにいれた1500ドルが消える→あとでソファの下から見つかる。単に落としただけではないのか。
トイレの水が黒く濁って悪臭がする→排水がうまくいってないだけ。
妻のおばが体調を悪くする→単純に具合が悪くなった。惨殺事件があった家という先入観もある。
シャンデリアが突然ゆれる→すきま風の可能性。
クローゼットが閉まってベビーシッターが閉じ込められる→ドアの具合が悪かっただけ。
地下の井戸→これが悪臭の原因では。
壁に留めた十字架が逆さになっていた→壁への留め方が甘かった。
それに触れた妻の、手と顔に、水ぶくれみたいなものが出来る→ストレスか、アレルギーか。
神父がみる蠅→火蚊症の可能性。
神父の失明→病気を患っていた可能性。
電話がつながらなくなる→単なる接続不良。

勿論、十字架が煤けて(?)いたこととか、説明のつかないこともあるにはあるのだが、大半の出来事には、別の可能性が簡単に想像出来てしまう。超常現象というには微妙なことばかり。結局、超常現象かもしれないし、単なる偶然かもしれない、という、どっちにも取れるように描かれているのだ。ローゼンバーグももしかしたら、そういう立場だったのかも。だから映画自体が、どっちつかずになってしまったのではないだろうか。原作がベストセラーになったときにも、読者は、恐怖した者と、嘘つけと思った者と、大きく分かれたのかもしれない。その辺の、嘘か本当かというギリギリとスレスレの狭間を描いているのだとしたら、これはこれでなかなかの企みを孕んだ映画だったのかも、と思えて来た。もしかしたら、本気で怖がるのではなく、にやにやしながら見る映画だったのだろうか。

音楽はラロ・シフリン。第52回アカデミー作曲賞にノミネートされているけれど、
元々は「エクソシスト」のために書いたらしいですね。

フリードキンが気に入らなくてキャンセルになった、と。で、しばらく経ってから、ホラー映画なら使ってもいいかな?と思ったんでしょうか。しかしそれがアカデミー賞ノミネートになって、えっこれで?と思ったりしなかったのかなあ。ちなみにこのときの受賞者は、ジョルジュ・ドルリュー。作品は「リトル・ロマンス」。まあ、仕方ないですな。

妻役のマーゴット・キダーが色っぽい。
凄く細いんだけれど、スタイルがいいんですよ。

リーインカーネーション」でもヌードがあった記憶があるが、ここでもいやらしい裸身をチラ見せして、ブローリンとベッドシーン。

後ろからも見せます!

学校の制服みたいなメイド服に近いような衣装のときもあり、これもまた年齢的にはどうなのかな?と思いながらも、観ているこっちの年齢もだいぶ上がりましたからね。全然OKです。

神父役でロッド・スタイガーが出ているのだが、これも見返してびっくりしたが、劇中、神父はラッツ一家と一度も会わない。全くの別撮り。まあそういう話しなのだから、しょうがないのかもしれないが…。あんなに深くかかわっているんだから、会ってもいいと思うんだけど。俳優のスケジュールの都合にしか思えない。

他、脇にはドン・ストラウドが、スタイガーに教えを乞うている若い神父役で出ている。実はベトナム帰り、という設定が、如何にもストラウドらしい。あと、ラッツ夫婦と一緒に家に来る不動産屋にエルサ・レイヴン、検視官役にジェームズ・トールカンという「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の時計塔の募金の女性と、マーティの学校の先生が出ているのも、ちょっと愉しい。

劇場公開は、1980年3月29日。大阪キタは、梅田コマゴールド。
コマゴールドは、梅田コマ劇場の地下にあった映画館で、それほど大きいところではなかったが、ここではよくホラー映画をやっていた印象がある。そのときの場内の反応は、淡々とした映画同様、これという盛り上がり方もしないシーンと静まりかえったものであった。実は本編上映前に、「サンゲリア」の予告編が流れ、これが物凄い盛り上がり方をした。予告は、木片が目玉にちょっと刺さる瞬間まで見せていて、絶叫はここでピークに達してしまった。そのあとの、場内のどよめきも大変なもので、「悪魔の棲む家」は、恐怖度において「サンゲリア」の予告編にすら勝てなかったのだった…。懐かしい思い出である

何度も再発売されているので、アマゾンにも色んな値段のものが何点かあるな。古いものは安いけれど、確かLB収録だったと思う。今売られているのは、16:9収録。日本語吹替も入っている。

因みに、「サンゲリア」が公開されたのは、1980年の5月24日!35年前の昨日!これはもう、「サンゲリア」も観るしかないな。