眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

阪急電車 片道15分間の奇跡


アポロシネマ8にて。監督は関西テレビ三宅喜重。キャストの豪華さの割に、内容は非常に地味なうえ、阪急電車といういわばローカルな鉄道をメインに扱っているので、ご当地である沿線地域以外にとっては、まるで関心のわかない題材となる可能性もある。原作はベストセラーなので、それが他地域と映画とを結ぶ頼みの綱となっていると思われるが、いや、迷ってるなら見た方がいいですよ、とそっと後ろから囁きたくなる作品である。
映画は、前半は『往路 10月』、後半はその半年後『復路 4月』と分かれて描かれている。サブタイトルの『片道15分間の奇跡』というのがピンとこなかったのだが、なるほどそういう話なのか、とそこでその意味が判る。てっきり、阪急今津線を利用している人たちの単なる群像ドラマと思っていたけれど、そのとき、その15分間に電車に乗り合わせた人たちのドラマだったのだ。それぞれの人生をかかえた人たちの物語が微妙に交錯し、普段なら素通りしていたような出来事も、さまざまな事情を経験することで、ささやかな人の交流が生まれる、その温かさにほろりとする。ごく普通の人々の普通の物語が、淡々と、静かに描かれていく。地味な映画になってしまうのも通りなのだが、そこをカバーするのが多彩な俳優陣である。殊に関西出身の俳優さんを多く起用していることで、その辺がまた嬉しく愉しく、自然な芝居ぶりが好印象。特に玉山鉄二の気のいい青年ぶりは素敵だったですよ。関西出身ではないことが不利になるはずの俳優さんでは、宮本信子がしかし好演。元々誇張気味の芝居をする人だが、関西弁という誇張された方言がその中に溶け込んでしまい、良き芝居としての関西弁として表現されていて素晴らしい。ただ、クライマックスは彼女の見せ場になるべきところなのだが、どういうわけかここを映画は省力して見せている。変な編集などせず、一気にワンカットで彼女の説教を見せるべきではなかったか。よって盛り上がりを欠いた終わり方をして物足りないことになっているのは失敗だろう。どういう意図があったのだろうか。

他、中谷美紀も良かった。肩がしっかりと出た衣装が素晴らしい。中谷美紀の肩幅の貫録は特筆すべき美しさだと思う。他の俳優さんも好演だが、当ブログとしてやはり特筆すべきことは、黒川芽以がどこに出ているのか、ということであろう。なんと、彼女は宮本信子の若き日、という役だったのである。回想の中にしか出てきません!よって出番もわずか…ではあるのだが、非常にほのぼのとした旦那さんとの思い出が温かい…。ちゃんとアップもありますし。台詞は確か『可愛い』の一言しかありませんでしたが。ファンとしては見て損なし。と言っておきたい。

正直なところ、映画らしい魅力があるわけでは決してないし(大体、実際の駅や町でロケーションしているんだから。見栄えのする駅を選んでいるわけじゃないから、どうしたって地味にならざるを得ない)、ドラマ運びも平凡で実直な、なんということもない作品である。が、不安や焦燥、裏切りや戸惑いを抱える人たちが、さまざまな出会いやすれ違う中で、自分たちの中に決意と覚悟を決めて、それを乗り越えようとする姿は感動的だ。ラスト近くの小学生の女の子のところは泣いてしまいましたよ。普通のドラマを普通に描く。そういうのもあり。好きな作品です。