眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

密告・者 感想


梅田ガーデンシネマで鑑賞。

監督はダンテ・ラム

〈あらすじ〉まもなく監獄を出所するニコラス・ツェー。彼は、妹を借金の形にとられている。そんな状態の彼に、ニック・チョンの刑事は、密告者になれと誘う。台湾から戻ってきた犯罪者が宝石店強盗を働くのは間違いなく、そこへの接触を図れ、と…。

『アクシデント』に続けて香港のフィルムノワールを観ることが出来るのは大変嬉しい。大好きなジャンルなものですから。しかもこの『密告・者』もまた見応えのある一篇なので嬉しさもひとしお。お話自体は、密告者と警察官のドラマ。この題材は昔から古今東西を問わず作られてきたが、今になっても変わらず世界中で作られている。状況は昔と何も変わっておらず、そこに描かれる暗い想いはどの世界の人間にとっても共通のものなのだろう。

殴られてヨレヨレになるニコラスの芝居も堂に入った感じがするが、ボスの女であるグイ・ルンメイとの関係が次第に密になっていく過程がとてもよい。この二人には実は過去に偶然、その人生がすれ違った瞬間があって、この刹那的な瞬間が素晴らしい。運命とはこういうものだ、と思わされる。二人の関係は、深い恋愛感情というよりも、その身の上への共感ゆえのものにみえる。そのために二人の行動の危うさに、緊迫感が生まれる。そこには逃げる男と女、という大人の姿よりも、世界に抗う若者二人の青春の最後が透けて、それがより切ない気持にさせる。

一方のニック・チョンは警察官としては非情にならなければならない立場だが、そうなりきれない人間であるところが魅力的。映画の冒頭部分、捜査上の手違いで密告者であるリウ・カイチーが組織によってめった切りにされる。最悪の状態に追い込んでしまったことに責任を感じ、ホームレスとなって組織の報復におびえる生活をしているカイチーの面倒を今も見ている。このカイチーの物語がまた、密告者の末路のひとつの形として良いドラマになっており、これは、悲しく無情で、しかし胸に迫る余韻を残すラストシーンへと繋がっていく。そこにはニコラスとカイチーと、そして何もそこまで…と言いたくなくニックの(妻との関係の)ドラマ(静かに淡々と演じつつ、徐々に心の内をあふれださせるニック・チョンの芝居が実に熱くて素晴らしい)とが、結びついた悲惨なものなのだが、過ぎて行く人生を歌う女性歌手の歌声が、それを優しく包み込むのだ。

香港の娯楽映画らしく、派手なカーアクションと銃撃戦もあり。しかし昼の日中に宝石店強盗などしなくても…と思うのだが。何よりも迫力があったのはクライマックスの廃校での決着。バラックみたいな集落でのロケーションも凄い。普通の街の中だけでなく、ああいう寂れまくった場所で映画を撮るところが香港映画の凄味。積み上げられた机と椅子の中をかきわけ泳ぐように逃げる、追いかける、といったアクションはありそうでなかなか見ることのない描写でしびれた。個人的には、中盤に歌が流れたりするところや(ちゃんとドラマとして意味がある)、終盤の寂れた感じなど、80年代から90年代にかけての元気が良かったころの香港映画の様な空気を勝手に感じた。映画としての真っ当な出来栄えもあり、すごく正攻法な犯罪映画を見たなあ、という満足感。

めったに買わないパンフレットも買ってしまった(『アクシデント』も買った)。まあ500円と値段が安めだったこともあるけれど。ぱらぱらめくっていると、『証人』が12年日本公開、と書いている。これは愉しみだ。それともうひとつ、来場者にはクリアファイルのプレゼントがあったのだが、『アクシデント』でも『密告・者』でももらえてしまった。公開されて何日も経ってるのに…。入場者全員がもらえるわけじゃないと思うんだが…。やはり、というか想像通りというか、お客さんの入りは決して良くはない、ということなんだろうか?それはあまりにも惜しい。もっと沢山の人に観てもらいたい、と切に望む、そんな2作である。