眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

7月1日(日)の日記


まつのべっ!(全2巻)』(秋吉由美子芳文社)

1巻の帯に『誰も読んだことのないドラマチック4コマ』とある。ドラマティックな4コマ漫画というと、業田良家の『自虐の詩』を思い出すが、さてこの作品はどういう意味でドラマティックなのかと期待しながら読み進めたのだが、いやいやこれは!

幼馴染みの女の子・皇香(きみか)に、幼稚園の先生になりなよ、と言われてそれを真に受け、本当に保育士になった松延くん。突然引っ越して以来会っていなかった皇香は、ある日テレビの中に現れ、めきめきと人気女優になっていく。テレビを眺めてぼうっとする松延くんだったが、彼のクラスには、ちかげちゃんという女の子がいて、これがまるで皇香の子どもの頃にそっくり!子どもの頃の皇香と同じように、松延くんを「まつのべっ!」と呼ぶ。そのたびにあわわとあわてふためき、また先輩たちから怒られ呆れられしつつ、保育士として成長していくにぎやかなコメディとして始まる物語は、はてしかし、まつのべと皇香の接点はどこにもなく、どうやって二人の物語が展開していくのか、と疑問に思っているうちに、同僚の順先生が次第にまつのべに恋心を抱くようになり、まつのべの高校時代の元カノが園児の叔母として現れたりする、正面切ってのラブコメへと展開。当然、女優人生を爆走中の皇香も絡んでくるのだが、三つ巴の恋の行方や如何に…。

実にスローペースな展開で、毎度のパターンを繰り返す笑いを主とする4コマ漫画の特性上、なかなか進行しないのもしょうがない。実際連載は、掲載誌の休刊などもあり10年近く(!)に渡るものだったそうで、それでも徐々に話を進めて行った肝のすわり方は特筆に値するのではないだろうか。各巻250ページ以上の内容で、まつのべと皇香が再会するのが1巻の176ページ目。単純に10年という時間で割って見ると2年半も経ってからとなるから、そのスローペースぶりが判ろうというもの。といっても連載時はそれほど気にならないのかもしれず、こうして一冊にまとまるとそう思えてしまうのかもしれないが、それゆえにこの分厚さは特に前半、微笑ましき幼稚園コメディとしての楽しさについて行けなければかなり苦しいものがあると推察される。もしも読んでみよう、と思われた方はそこをなんとか頑張って頂きたいと願うのみ…といっても、フフフとにやつきながら読んでいればよいだけの話ではあるが。

終盤に近づくにつれ、行動や言動に何やらミステリアスなものが混じりはじめ、事実、もはや、「事の真相」という言葉で表現してもいいような怒涛の展開が待ち受けている。何よりも圧巻なのは実は結構、伏線が張られていたことをそこで知らされることで、その回収ぶりたるやちょっとしたミステリ小説並の鮮やかであって、これを10年のスパンでやってたかと思うと気が遠くなる。よく気力も体力も持ったなあ!お見事でした。

ゆるゆるかつほのぼのコメディとして始まったものが、青春もの、恋愛ものとして変貌していくさまはまさしくドラマティック。しかもきれいに着地させてちょっと感動までさせてしまう。なんとも嬉しい気持ちにさせられた。愉しませていただきました。

アマゾンでは現在注文出来ないようだ。2008年の出版だし、有名な作品ではないことを考えれば、もしかすると絶版なのかもしれない。だとしたら勿体ない話である。古本屋をこまめに回るしかない。探して買って、知り合いに贈りたい。そんなことも考える。アニメ化希望。