眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

『安政五年の大脱走』をよむ

五十嵐貴久・著(幻冬舎・2003)。↑は文庫版。

南津和野藩の美雪姫を我が物にせんと、大老井伊直弼長野主膳は罪をでっちあげ、山奥に、南津和野藩士51名と姫を幽閉。ひと月の間に良き返事なき場合には、藩士全員の命がどうなるか…と、脅しにかかる。周囲を海に囲まれた断崖絶壁の頂上から、どうやって脱出を図るのか。空は駄目、海も駄目、ならば土を掘るしかない!

これはありそうでなかったアイディア。この設定だけで、面白さは保障されたようなものだ。脱出不可能にするためのお膳立てはしっかりしており、それをかいくぐる方策もきちんと段取りを踏まえた、正攻法な面白さ。『大脱走』を思い出させるところもあるが、それはそれ、にやにやしながら愉しむのがよい。

五十嵐貴久は、お話の面白さよりも、キャラクターで読ませるタイプの作家だと思う。印象的なのは、実際に土を掘る作業を任される堀江竹人と黒鍬衆。藩士の中でも下位に属する身分の低い者たちだが、上級武士から蔑まれながらも、命を賭して戦う。これがよい。侍の誇り、ここにありな読みどころ。他の登場人物も生き生きと描いて飽きさせないが、全体的にはせっかくの魅力ある人々をさばききれなかった感じが残る。大仕掛けの設定なのに、全体に急ぎ足で、軽い。出来るならば、上下巻で読みたかった。もっとじっくりと取り組んではくれまいか。営業上、そこまで手は尽くせないのかもしれないが。