眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

激戦 ハート・オブ・ファイト(2013 香港=中国)


激戦 UNBEATABLE

監督は、ダンテ・ラム

ダンテ・ラムは派手な銃火器アクションと共に語られることが多い気がするが、その実、誠実なドラマ描写にも抜かりのない監督である。「密告・者」や「ビースト・ストーカー/証人」などの、やるせなさ。しみじみとしたタッチと雰囲気を作りながらも、登場人物の境遇にグイグイ迫る、容赦のない見せ方。それらを思えば、今回の作品も決して、これまでと路線を変えた、という感じはしない。撮れて当たり前、という気がするのだが。

ネタばれ、御免。

物語は、2本に分かれている。一つ目は、ニック・チョンとエディ・ポンによる、総合格闘技で勝つ、という戦いのドラマ。ニックはかつてのボクシング王者だが八百長で失脚。今は借金に追われる身。エディは富豪の子だったが、父が破産して一文無しに。よれよれになった父に再起してもらうべく、総合格闘技大会で優勝してやろうと考える。入門したジムで知りあうのが、昔の仲間の世話になっていたニック、というわけで、喰いつめ物の男二人が、MMAで頂点を目指そうとする。

映画には、描きこまれた脚本や、ドラマの流れ、人物の心象を表す撮影や、それらを構築する演出や、音楽や、編集や、色々なパートが寄り集まって一つのものを作り上げる総合芸術とは言われるが、時に、一人の俳優の本気が、映画ひとつをしょって立つような、そんな時があったりはしまいか。それがこの映画のニック・チョンであった。クライマックスでリングに上がる彼の、鍛え上げられ、研ぎ澄まされた肉体!

だが、それだけではない。ニックも、エディも、映画のために見栄えのいい肉体を作り上げているのではない。ちゃんと動くのである。総合格闘技なので、寝技もある。二人はボクシングを主体とするので、そこに持ち込まないようにするが、それでも敵はそこへ引っ張り込む。それに対して、技をよけ、抜け、反撃する様、そのごく自然な様は、相当やり込まないと無理なのではないか。無論、映画的に誇張した描写もあるだろうが、特訓シーンなどをみていると、いやいやいや、これはやっぱり本気だ、と思わざるを得ない。ましてニックは、この映画の撮影時は48とか49とかという年齢。元々、鋭い肉体をしていたが(「狼たちのノクターン」の刑務所のシーンなんかで判る)、いやそれにしてもなあ。久々に、俳優の、役柄への肉体的アプローチという点で、まず圧巻。

もう一つの柱となるのが、ニックが間借りすることになる部屋の、母娘二人との交流。宣伝では、こちらを強く推している。ニックとエディの物語もそうだが、こちらも心が通い合ううちに、やがて親子のようになっていく。一種の疑似家族ものである。そしてこういうときには、「キッド」や「チャンプ」などと同様、子役の芝居が重要なポイントとなるが、娘役のクリスタル・リーはそれに見事こたえて、香港映画らしい、こまっしゃくれた少女を演じている。母(メイ・ティン)の心が弱っている理由を、アパートの屋上で、彼女が話す場面。それを、正面からきちんと聞くニック。間借りしているだけの関係であり、そこまで深入りする必要はないのかもしれない。だがそれを受け入れる。心が負った傷のことは、彼自身がよく知っているからだろうか。クリスタルが、ニックの足を踏もうとするシーンが繰り返し出てくるが、ラストの別れの場面では、ニックが、足を踏め、という。まるで、楔を打ち込むかのように。ここで生きていくという覚悟が、そこにきちんと生きている。足にクリスタルを乗せて、ゆらゆらとゆれる姿が、優しく、美しい。

大変感動的で、素晴らしい映画なのだが、二つの物語が結局バラバラな印象はぬぐえない。バラバラでもいい、といえばいいのかもしれないが。また、クライマックスの試合において、クリスタルの描写が全くないのはどういうことなのか。意図的なものだったのかな。そのあとの別れの場面を生かすために、あえて外したのか…。そこには疑問を持った。

それにしても、最終的には、みんなが救われて良かったと、心底安堵しましたな。香港映画はその辺、本当に容赦のないものが多いから。えー、そんな結末にしなくていいじゃないの…ということが。特に、ダンテ・ラム映画の場合。今回も、途中はかなり厳しいことの連続で、ハラハラさせられるが、大ハッピーエンドとなるのは珍しく、晴れやかな気持ちで劇場を出られたのは有難かった。


この肉体の持つ説得力。有無を言わさぬ迫力がある。


この時期、マカオは雨季だったのか、とにかく雨がよく降る。水は、ドラマとしても大きな意味を持っている。ニックが住むようになってから、雨漏りをするようになる。開けてはいけないと言われていた風呂の蓋を開けてしまう。屋外で、メイ・ティンを叩く雨粒。蛇口修理に失敗して部屋中にあふれる水。雨や水が、感情の変化に伴って描かれているようだ。ペンキを塗って、シートを屋根代わりにして、雨漏りを防ごうとするのは、物理的な行為だけではないからこそ、肩寄せ合う3人の姿に、気持ちが揺さぶられるのだ。

言わば敵役となる、アンディ・オンもさすがにかっこ良く、鋭かった。パトリック・クンは、間の抜けた、憎めないニックの仲間を好演。こういう役、似あうよね。