眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

「悪魔の倫理学」 感想

監督は、パク・ミョンラン。2013年の韓国映画

日本劇場未公開。新大久保ドラマ&映画祭2014にて、「怒りの倫理学」のタイトルで日本初上映。

出演
イ・ジェフン(キム・ジョンフン)
チョ・ジヌン(パク・ミョンロク)
キム・テフン(ハン・ヒョンス)
クァク・ドウォン(キム・ステク)
ムン・ソリ(ステクの妻)
コ・ソンヒ(ジナ)
イ・ウヌ


どんでん返しなんてないですけどね。

ネタバレしています。


冒頭は、主観映像。空高くから地上に向けてまっすぐに下りてくる。シンプルながらもインパクトがあるのだが、これが奇をてらっただけではなく、その後、シークエンスのつなぎとして、俯瞰からの映像として繰り返される。主にダクトを通じて、室内の様子を上から眺めるという形で。冒頭のカメラは、地上を歩くジナに寄り添い、彼女のモデルとしての仕事や、キム・ステク教授との不倫の関係などを見せていくのだが、ジナとステク教授が部屋に帰ってきたところで、急に別の人物へと話が移動する。次に出てくるのがキム・ジョンフン。面白いのは、時間軸を少し前へずらしていることで、ジナとキム・ステク教授が部屋に帰ってくるところが、ジョンフンの話の途中に置かれることになる。こうして、何かが起こると、次の人物の少し前の時間へと話が飛び、何が起こったのかを別の人物の視点で見る、という構成になっていて、キューブリックの「現金に体を張れ」を思い出させる。それに影響を受けたのであろうタランティーノやそれ以降の時間のズレを扱った映画からのインスパイアの可能性もあるけれど、「現金−」の、一瞬の後の死屍累々と似た感じで、この作品でも、ほぼ全滅の様相が描かれているのでおそらくキューブリックからの引用なのだろうと思うのだが、どうだろう。

ジョンフンは、ジナの部屋に盗聴器とカメラをしかけており、彼女の生活を覗き見している男。しかも後で判るが警察官でもある。盗聴器とカメラは、ジナたちが帰宅する前に何者かが侵入しているところを捉えており、それどころかその男がジナを殺すところまですべて映し出す。ジナを秘かに愛しているジョンフンは、しかし盗撮と盗聴をしている手前、助けに行くことも出来ず、彼女の死を見過ごすしかない…という、後ろ暗い人物を追い詰める展開が容赦ない。直前まで一緒にいた教授が事情聴取で警察の取り調べを受け、誰も助けてくれない状況でどんどん精神的に追い込まれていく一方(絶望が深まる度、狭いはずの室内の壁がぐんぐん遠のいていく!)、ジナを殺した男は再び彼女の部屋に戻り、寝室で首を吊ろうとして失敗。その様子をカメラでうかがっていたジョンフンの耳に「お前は誰だ」という声が響く。そこで物語は殺人犯のハン・ヒョンスへ飛び、彼がジナの部屋へ行って自殺しようとして失敗し、天井から出て来た盗聴器をみつける…という展開になっていく。リレーのように話のバトンが繋がれていくのが、面白さの一番大きなところで、さらに、ジナに5000万ウォンを都合してやっていた貸金業のパク・ミョンロク(コメディリリーフかと思っていると突然、ホステスを平手打ちにし、ジョンフンの生爪を剥がしと、暴力沙汰が日常のヤクザ者)にも繋がって、ジョンフン、ヒョンス、ミョンロクの3人の間を、話が行ったり来たりするのを繰り返すことになる。

彼らの誰一人として共感出来る人物がいないというところも、面白さのポイント。盗聴魔、ストーカー、貸金業、不倫相手、自分こそが一番彼女を愛し、あるいは心配しているのだという体ではいるものの、4人が4人共勝手な自分の理屈でジナを利用しているだけ。偉そうに言うそれぞれの理屈は「お前が言うな」の連続で、自分だけは違うと信じている異常さのどす黒さが、なかなかにいい感じのブラックジョークぶり。人が一人死んでいる話ではあっても、特にクライマックスの写真スタジオでのやりとりには、救いようのない滑稽さが充満して、ほぼコメディと化す。ミョンロクを演じるチョ・ジヌン(「チャンス商会」でも良かった)の軽妙さがその雰囲気を強めているが、非道なあつかましさが笑いに転じていくのは、脚本によるところも大きいだろう。

結局、誰一人として、ジナの死に対して責任も取らないし、悼みもしない。自白を強要される教授の姿も含めて、この辺の心の無さというか、韓国製犯罪映画の人間の捉え方の冷徹さにはなかなか、ぞっとさせられるものがある。それ以外の人物でも、ジナに、趣味の写真のモデルにならないかと声をかけたスタジオのカメラマン、教授の妻、巻き込まれた形の風俗店のホステス、誰もがこれもまた、一筋縄ではいかない人物ばかり。ミョンロクの部下もいい味を出していたが、カメラマンはほとんどとばっちりのようにして死んでしまう(?)滑稽な描かれようががひどすぎて笑ってしまった。女性ふたりにはしたたかさがあったが、特に教授の妻を演じるムン・ソリの貫禄が素晴らしい。美しいし。ホステスの女が、留学するのに5000万いる、という場面が最後にあるのだが、ジナの借金の理由もそれだったのかもしれない、と思わせる。彼女にとって、重要なのはそこであり、教授との関係も金づるを失わないための手段のひとつだったかもしれないが、結局、ジナが何を考えていたなんて、全く判らない。お金と欲望のために人は、自分勝手な過ちを犯し、繰り返し、何も反省しない。そんな人たちで世界は満ちているというドライな視線で、ちょっといい話になど微塵も興味のない黒さが潔かった。

ろくでもない人物の自分勝手な描写見本市のような作品だが、中でも、ヒョンスが今の恋人を抱きながら「ジナ!」と声を上げる場面には、ベスト・オブ・最低の称号をあげよう。