眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

月館の殺人(佐々木倫子・綾辻行人/小学館)


2005年刊行。6年前の作品になる。一見能天気なコメディの中に「謎と論理的解決」という展開を忍ばせる佐々木と、新本格の雄である綾辻の組み合わせ。双方を知る人にとっては「一体どんな漫画になるのか」と強い期待を持たせるに充分な企画。期待していながら、今頃読んでるのはどうかと思うが。

てっきりシリアスなミステリだと思って読み始めたものの(冒頭部分はなかなかに重い)、ちょっと進めるだけで「ああ、これはいつもの佐々木倫子だ…」と個人的には呆然。本格ミステリであっても、佐々木倫子作品でもあることの意味は通しますよ、と状況は深刻になってもかまわずボケて行く佐々木倫子のある意味での強引さというやら力強さというやら、絶対に曲げない姿勢が素晴らしい。まさかこれほどのコメディになっているとは…。鉄道オタクの生態を担当編集の神村正樹が徹底的に茶化すことで、オタク特有のねじれたプライドや傍若無人な気持ち悪さも笑いに昇華されて愉しく、佐々木作品としてまずは満足させてくれる。加えて綾辻の手になるのだろうトリックと練られた伏線の数々は、なるほどそれで…と頷かせられる説得力を持ち、特に館シリーズ的なドカンと来る大ネタを期待すると、中盤で、幻夜号は走っていない!という仰天の展開が待ち受けていて驚かされた。単純だけども、おおっと気合が入る見せ場だ。最後までじたばたとあがく登場人物たちの滑稽なまでの姿と、じわじわと事件の真相と犯人に近づいていくさまは意外と噛み合ってサスペンスに富み、飽きさせない。こういうタイプの漫画は今まであまり無いんじゃないかと思う。この路線で他にも描いてほしいと思ったが、あとがきによれば企画の立ち上げから完成までに2年かかっているとか。そうそう簡単にやりましょう、とはならないかもしれないね。

これだけの人間が犠牲になっているのに、無頓着すぎるテツオタたちの姿が笑いを通り越して恐ろしい。いやもしかするとオタクは本当にこんな行動を取るかもしれないと思わせるところが可笑しかった。