眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

『完全恋愛』(牧薩次/マガジンハウス)をよむ

このタイトル、よくつけたなあと思う。まずこのタイトルを思いついて、そこから話を考えたのではないかと思うほど、出て来そうで出てこないタイトル、そして発想。いや、誰にも知られない恋の話というのは世の中には唸るほどあるのだが、それを完全恋愛、という言葉で言いきったものはおそらく他にない。内容は勿論だが、こういう話を、この言葉で括ったことの凄さが何よりも素晴らしく、これこそが大ベテラン作家の渾身のアイディアと思う。

読みやすい平易な文章で描かれていること、一人の画家を通してみる昭和という時代の物語が面白いこと(テレビ業界の話は作者自身の経験も踏まえているのだろうし、実際の昭和史や人物を背景に語られるところもあって楽しい)、魅力的な登場人物たち、といった軽快で心地よい読み応えでスルスルと(でも1000枚の大作。なのでなかなか終わらない)。美しい少女の物語でもある。少女が大人の女性へと変化し、その子供がそっくりでさらに…という連環の話でもある。めぐる人生、運命の物語。少女への想いを抱いた少年の一途さが、激しく流され動き続け、最後にその少女へと帰っていく。最後に至ってのこの男の想いを、勝手すぎるということは無論容易い。しかし、こういう勝手な想いというのは、言わば男の妄想、夢でもある。夢に生きた男と、現実を歩み続けた女、という、それすらもステレオタイプの人生と言えるかもしれない。が、そんな古臭さを、ロマンティックと言い替えることも出来るのではないか。苦くて甘い、そんな夢をみているベテラン作家自身の無類のロマンティストぶりが、微笑ましく、うらやましく、そして憧れる。こんなロマンティックさをわたしは年をとっても持っていられるだろうか。