眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

『折れた竜骨』をよむ

米澤穂信・著(東京創元社・2010)

『犬はどこだ』が面白かったので。

12世紀終盤、剣と魔術が存在する時代、北海に浮かぶソロン諸島で起きた殺人事件と、島の命運を左右する戦いとが交錯するという、ミステリであると同時に優れたファンタジー小説。巻末の参考文献の多さをみるに、歴史的にもちゃんとしたものを描こうとする姿勢に驚かされる。全くの異世界を舞台にするより、はるかに大変な作業だっただろう。そこに魔術という世界観を持ち込んでいるが、それをなんでもあり、なんでもできる、という安易な約束事として使わず、ミステリとして機能させるための枠内に収めてあるのがフェアなところ。奇妙な魔術のいくつかは、そんなのがあればなんだって出来るだろう、と思ったりもするが、実はその奇妙な魔術自体には大して意味はない。面白いのは、それがアリバイや行動の証明として使われることだ。例えば、この魔術はこんなふうには使えない、だから誰それには犯行は無理だ、といった具合に。ファンタジーの世界観がミステリに奉仕するのである。そしてファンタジーなるがゆえに、容疑者全員集めて探偵が犯人を指摘するという、探偵小説黄金時代の如き、やりたいけれどもう誰もやらない王道の解決編が描かれるのだ。

一方で、熱き戦いのドラマとしても読み応えがあるのがよろしいところで、中盤の、呪われたデーン人たちとの一大決戦の場面は血沸き肉踊るものがある。多勢に無勢な(実際の数はそうでもないのだが)状況の中、傭兵たちが立ち上がって突撃していく勇壮さにはしびれた。こういう派手な戦闘を冒険小説的な肉付けと描写でもって読ませることが出来るとは。作者の力量の底知れなさに圧倒されてしまう。傭兵たちの表情もきちんと描き分け、それぞれの人生も感じさせ、更には、語り手である領主の娘・アミーナ、従士ニコルのやりとりを巧みに織り込み、感動的といってもいいラストシーンに結び付けている。いやはや、本当に面白い物語小説を読んだな、という感じ。内藤陳さんが生きていれば、大喜びだったのではないか、と思う。他の米澤作品も追っかけて読むとしよう。