眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

『貝がらと海の音』をよむ

庄野潤三・著(新潮社/1996)

あとがきにあるように、子どもたちが結婚して家を出て行き、夫婦ふたりになった暮らしを中心に、子どもたち、孫たちとの、日々の交流をたんたんと描いてある。小説と思って読み始めたが、どうやら本当にあったことを書いてあるようで、それだとエッセイのようだが、それもちょっと違う感じ。日記形式の私小説みたいな感じだろうか。でも出来事についての客観的な描写が主で、作者自身の内面にはあまり触れていないし、そこに重きを置いてもいないので、多少、話を作ったとしても、作者自身の日記を読んでいるような、そんなニュアンスなのだと思う。

意外と登場人物が多いのだが、作者には肉親やご近所さんなので、とりたてての説明はなく、最初は、えーと、この人はだれ?みたいな感じになってしまうのだが、それもまた愉しい。説明のなさは、昔からの庄野家の知りあいだから不要なのだ、といった感じもしてくる。フーちゃんのお習字や、庭に咲くバラのことなど、想像しながら読み進めるうち、みたことのある(ような)風景として立ちあがって来て、子どもの頃のことを思い出してしまった。ちょっとせつない。

阿川弘之は筆を断っておられるがお元気なのだろうか。井伏鱒二は93年に亡くなっているが、この中ではその存在はまだ生きているのと変わりないように大切にされている。作家仲間では、阪田寛夫との交流が一番親しく書かれていて、フランス・キャロルについての疑問に丁寧に答える手紙も、人柄も偲ばれてよろしいですね。それにしても、大浦みずき阪田寛夫の娘って知らなかったー。

このあとも作者が亡くなるまでシリーズとして続いたということなので、ちびちびと追いかけて読みたい。子供たちが大きくなっていく様子が愉しみ。