眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

特技監督 中野昭慶

中野昭慶 染谷勝樹・著/ワイズ出版映画文庫

昭和の東宝特撮映画の、円谷英二亡きあとに特技監督として腕をふるった、中野昭慶にインタビューした充実の内容。読みどころはたくさんあるが、生い立ちがまず凄い。大陸生まれで大陸育ち、祖父は貿易商で、吉田茂が書生をやっていたとか、祖父の弟は東海林太郎の友人だったとか、えっと言う名前が出てくるうえ、敗戦のときには、ソ連軍の略奪があり、日本側が武装解除されたら、今度は中国人に全部もっていかれて、家の中に物がなくなった、という記憶がなんとも生々しい。軍国少年だったために、そんな状況に反発した、ということもなんともいえない気持ちになる。終盤に「プルガサリ」の話も載っているのだが、北朝鮮の子供たちが金正日を称える歌を歌っているのを聞いて、何も言えなくなった、とも語っていて、戦争と戦後、ということについて、特撮について語るのとは別の部分で、読む者の心にも黒い影をおとす。無論、その感情が、中野特撮のひとつのベースにもなっているのだが。生い立ちに関する部分は、特撮と直接の関係はないけれども、敗戦後の大陸からの引き上げの様子など、色々と勉強になる。

映画に関しての話しは、これはもうぐいぐいと読んでしまう。個々の映画の描写について、周辺状況について、色々と語られていて興味深い。全部見返したくなるのは、映画の本を読んだ時の常。でも持っているのがないんだよねえ。「日本沈没」がみたいな。

さまざまな話の中で、特に、製作に至らなかった「ネッシー」については、本当に惜しいなあ、と思わされる。これは早い段階でポスターも作られて、小学4年生頃だったか、大変期待したものである。ところが待っても待っても、一向に公開されず、やっとそれらしいものが!と思ったら「恐竜・怪鳥の伝説」であったのももう、懐かしい話。それとラウレンティス版の「キングコング」も、うまく行っていれば撮れていた、というのも凄い話というか残念な話というか…。文庫化にあたって追加された部分では、香港映画の「悪漢探偵2」についても語られている。あのロボット、中野特撮だったのかあ。監督が香港映画をやっているというのは、石上三登志も「東品川アメリカ座便り」で、ちらりと触れているが、その一本がカール・マッカとサミュエル・ホイの「最佳」シリーズだったとは。

あとがきに、インタビュアーである染谷勝樹が、「もっと面白いものにして欲しかったという観点から失礼な質問もしている」と書いているように、なかなか辛辣な意見が述べられている(特に「東京湾炎上」)。そんな意見に対して、そうかなあ、いいと思うよ、と決して自分以外の人の仕事を腐すことなく、やんわりとした返答をしている中野監督が素敵ですな。

それにしても、思ってるよりも、全然映画をみていない自分が情けない。20年も30年も前にみたっきりの映画を、果たして、みたと、今も言えるのかどうか。時間がたったら、また見返すという作業は大切だな。それに、みるだけではだめだ。ちゃんと記憶していないと。意味がない。色々と、自分を叱責したい心境です。