眠りながら歩きたい ver.3

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東映特撮物語 矢島信男伝 感想

かつて松竹と東映で、特殊撮影を担った矢島信男東宝のように恵まれた環境ではない場で、叩き上げた男の一代記。この本は、その特撮人生を総ざらいするような内容。作品の映像を確認しながら、本人が語っているのをまとめているようだ。
面白かったのは、「僕は何もしていない。スタッフが優秀なんだ」ということを繰り返すこと。そんなわけはないのだが、そういう謙虚で、人に感謝するという人柄、姿勢や考え方が、現場や人脈にも生きていたのだろうと思わされる。ある意味で、大雑把とも受け取れるのだが、技術なんてやってればついてくる、それよりも何をどう撮るかという心の方が重要である、とする思想の下に矢島特撮が展開したことを考えると、一貫した答のようにも思えてくる。そして、何をどう撮るかというプランニングを可能にするための足支えである技術力では、鈴木昶と成田亨が如何に凄かったか、その技を知らしめる話しも多い。特に鈴木昶は、特撮研究所で働く後継者たちの話にも出てくるほどで、本当に凄い人だったんだな、ということが判る。美術よりも、鈴木昶(操演)の作業が先だった、というのも普通の現場ではあり得ないことだという。また、成田亨が特撮美術の技術者だった、ということ。勿論、知っている人には周知の事実なのだろうが、それが東映特撮の話として出てくるのはやはり新鮮である(ウィキペディア成田亨の頁をみても、東映特撮とのかかわりの記述はほとんどない)。成田亨が「トラック野郎」の特撮もやっていたとは初めて知りました。

そして特撮映画の世界は、会社の枠を超えて、横のつながりがあったということ。円谷英二は松竹にいた時代があり、そのときから懇意にしており、助言を受けたこともあったという。それがあったからこそ、松竹の川上景司は、後に円谷プロに行く。またミニチュア作る会社や、爆破の火薬担当の会社や、また技術者は、作品ごとに色んなスタジオに行き、その中で技術や知識が広がって行くのは当然とも言えるけれど、作品を中心に語られる特撮話では、なかなかそういう人的交流については語られなかったようにも思われ、これも知られざる話しとして興味深かった。

個々の作品について述べるよりも、大きく流れを語り、ポイントを抑える形の、語り下ろしのような内容なのだが、やはり古い話しが中心になることと、作品数が膨大なために本人がもう覚えていない作品も多いことで、もう当時の様子がどうだったのか細かいことが判らないケースもある。大変惜しい。もっと早くから、東映特撮及び特撮研究所の仕事ぶりを取材、考察する機会があれば良かったのに…と思う。そういう意味では、日本の特撮は、かなり偏った語られ方をして来たのではないか、と勝手に反省もしてしまう。

木下恵介作品への参加や、大川博の薫陶を受けて特殊技術課の責任者となったことなど、当時の日本映画の重要人物の名前が出てくるのも、映画好きとしてはなかなか興味深い。こう言う話しは、木下恵介関連の本を読んでも出てこないのではないかと思う。あと、松竹(カラー版)や第二東映のタイトルマークは、矢島信男が作ったこと。これも知らなかった。他、ゴジラにも誘われていたことや、1970年の万博・みどり館で上映されたアストロラマにも参加しているというのも初耳。アストロラマは、何をしたかは覚えていないそうだが…。調べてみると、上映されたのは「誕生」と「前進」という2作品。矢島信男がどちらに参加したのかは不明。もしかしたら両方かもしれないが(「誕生」は、北海道・硫黄山で、土方巽が踊るものだという。数年前に修復されて、上映もされているようだ。全天周の巨大スクリーンで、土方巽の踊り!想像するだけで圧倒されるほどのイメージ。当時見た人は、どう思ったのだろうか。子供は泣いたりしなかったのだろうか)。

松竹映画というのは、怪獣やアクションにいい年してもうつつを抜かしている人間にとっては、少々距離のある会社だが、この本を読んだことで関心を持てるというのはいいですね。大規模な特撮作品としての「忘れえぬ慕情」や、木下恵介作品の、よりドラマを濃密に語るための特撮など、機会があれば見てみたい。東映作品では「海賊八幡船」が気になります(かいぞくばはんせん、と読むのですね)。

巻末には、現在の特撮研究所スタッフへのインタビューもあり。そこから、矢島信男の人物像にも迫っている。一見、過去の作品について語る本のようだが、これはやはり、過去と現在、そして未来を繋ぐためにまとめられたものだと思う。いかにして過去を継承し、新しい技術を取り入れながら、前へ進んで行くのか。佛田洋尾上克郎三池敏夫といった面々が語るそれと、彼らへと未来を引き渡した矢島信男。その関係の、プロとしてのかっこよさと美しさを感じずにはいられない。

東映特撮物語矢島信男伝

東映特撮物語矢島信男伝