眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

「ナイル殺人事件」 感想

<あらすじ> 巨額の遺産相続をしたリネット。親友のジャクリーンから、婚約相手のサイモンを雇ってほしいと相談されて、引き受ける。しかしそれが運命の別れ道。リネットはサイモンと結婚。ジャクリーンは、二人の新婚旅行先のエジプトにまで現れ、嫌がらせをするような危うい存在となる。そしてリネットはまた、お金持ちであることと勝気な性格であることで、敵が多かった。ナイル川を行く船に、偶然乗り合わせたかのようなふりをして、何人もの人間が彼女に接近してくる。そんな中で、リネットは殺されてしまい、たまたま同乗していた名探偵ポアロが、事件の捜査に乗り出す。

リネットが何故、皆から敵視されているのかということを、丁寧に見せて行く前半。登場人物の大半が彼女に反感を抱いているが、簡潔に、だが的確に、その人物とリネットとの関係を語っていく。ドラマとして深くは描かれないが、関係の説明に省略は無く、ほぼ全員の背景が語られていくのは、まことに丁寧な作業である。リネットと誰かのやりとりという繰り返しの中、さりげなかったり無理矢理だったり、ポアロが、毎回居合わせるという偶然を組み込んでいるのもさすが。それによって笑いが生じて、単調になりかねないところを、うまくかわしていてお見事。

ドラマティックに描かれているのは、リネット(ロイス・チャイルズ)、サイモン(サイモン・マッコーキンデール)、ジャクリーン(ミア・ファロー)。ギラーミンは、「キングコング」に続いて、巡りあわせの悪い若者たちという三角関係メロドラマをちゃんとみせている。ピラミッドの上であったり、また別の遺跡であったり、リネットとサイモンが盛り上がっているところに、唐突に姿を現すジャッキーの姿は、もはやストーカー。恐ろしくもあるが、一方で悲劇的であり、その差のバランスは均衡が取れていて、どちらに振れるかな、というところで、ジャッキーがサイモンを撃つという展開なのも、盛り上げ方として素晴らしい。

後半は、次々に何かが起きるので、話しの筋を追うだけで退屈しないが、やはり見せ方がうまい。特に、あなただったらこんなふうに殺せましたよね?と、ポアロが説明するのを、実際に映像化しているところ。これをまた丁寧に、容疑者全員分やるのだ。口頭だけでは、頭が追いつかなくなりそうなところだが、画で説明してくれるので、どうして彼らが怪しまれるのかが判り易い。人物が多く、恨む理由もさまざまで、混乱必至のところを、あっさりと見せて行く手際のよさ。文章で読むのと、映像で見せるのの差だが、こういう処理の仕方は、その違いを良く判っていると思わされる。

今となっては、全体にスローペースな映画、ということは出来る。テンポが悪い、という意見もあろう。が、エジプトを舞台とし、ナイル川を走る船上での物語である。スケールの雄大さ、ゆっくりと進む川の流れ、ということも含め、これは悠々とした映画と言った方がよいのではないか。贅沢に時間を使った、堂々たるミステリ映画。素晴らしいと思うがな。ま、感想は人それぞれ。


石柱が立ち並ぶ遺跡で、登場人物があちらこちらへとバラける場面がある。柱の陰に入ったり、出てきたり、立ち止まってみたり。離れたところからカメラはその様子をとらえ、誰もが何かよからぬことを考えているかのように見えてくる。物音はほとんどせず、台詞はなく、視線だけが行き交う…。実にミステリアスであり、緊張感が漂う。大好きなシークエンス。

殺人が中心にあるので、忘れてしまいそうになるが、実は結構恐ろしい局面がいくつもある。例えば、ベティ・デイヴィスである。彼女は、大の宝石好きだが、リネットの真珠に猛烈に惹かれている。そしてほぼ間違いなく、盗んでいる。それを疑われて、黙って返すのだ。安置されているリネットの死体の首に巻いて。その辺に転がしたり、誰もが入れるようなところに置いておいて、そしらぬフリだって出来るのに、わざわざ死体の首に巻く、という神経の図太さ。そもそも、盗みは犯罪である。その一線を、彼女は軽々と越えているのだ。何よりもそれが怖い。クローゼット(?)の中からのぞかせる顔も怖い。また、ジョージ・ケネディである。遺跡でリネットたちの上に石を落したのは、あんたじゃないのかね、とポアロに言われるところがある。確かに冷静に考えてみれば、ジャッキーではあの石は重くて動かせないかもしれないし、あそこで石を落とすなんてことを、サイモンと段取るのも難しい。ということは、本当にジョージが、殺意を持って行動したのかもしれない…。行動した時点で、殺人者も同然。サイモンのとっさの反応によって、失敗しただけである。うまくいっていた可能性もあるのだ。これも恐ろしいだろう。人を殺しかけたのに、それを黙って、平然としているのだ。さらにジェーン・バーキン…。殺人犯が誰かを知りながら、自分の欲を優先させて犯人を脅迫。これも充分すぎる罪だ。いずれの場合も、まるでそしらぬ顔をしていることが恐ろしい。普通の人が簡単に犯罪者になるということと、そのハードルの低さ。自分の身近な人が、そんなことをしていたらと想像すると、かなり怖い。

あと気になったのは、ポアロが、モリーユが食べたいというくだり。モリーユとは、きのこのことらしいのだが、レイス大佐は、ウツボを用意させていた。が、何故ウツボ?(ナイル)川なのに?ウツボではなく、うなぎではないのかと。レイス大佐が、イール、と言っているのも聞こえるし。調べてみると、ウツボは英語で、Moray eelというのだそうだ。よくよく聞いてみれば、確かにそう言っているようである。しかしウツボは海の生き物だろう。地中海あたりで積み込んでいたのか、それともナイル川は結構奥の方まで汽水域なのか…。地理の勉強し直さないといかんのかな…。


ニーノ・ロータのテーマ曲もいいですな。名曲だと思う。


日本公開時を憶えている者には、こちらも懐かしい。


監督 ジョン・ギラーミン/Death on the Nile/イギリス/1978/BSプレミアム