眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

「九月の恋と出会うまで」 感想


松尾由美・著/新潮社/2007(読んだのは2009年刊行の新潮文庫版)

〈あらすじ〉新しい部屋へ越してきた志織。奇怪なことに、エアコンのパイプを通すための穴から、声が聞こえてくる。自らをシラノと名乗るその声は、1年後のその部屋から呼びかけているという。時間と空間がねじれた結果つながったエアコン用の穴を通じて、シラノは、さらに奇怪な注文を志織に出す。隣人の平野を尾行してほしい、と。そしてその平野こそ、1年前の自分なのだとシラノは言うのだが…。

版元が同じ新潮社であるから、「九月の恋と出会うまで」は、おそらく「雨恋」の第2弾的な感じを求められたのではないかと想像する。姿が見えず、声しか聞こえない相手とコミュニケーションを取るはめになる、人のいい主人公。相手の望みをかなえるために奔走するうち、恋というには淡すぎるような思いを心に秘めていくことになる…。という大枠は同じようなものである。

ただ「九月の恋と出会うまで」は、よりミステリ色、SF色が濃くなっているように思われる。特に、タイムパラドクスが生じるのを回避しようと考えるあたりは、意外にしっかりとしたSFの世界へと誘う。もちろん、作者がSFとミステリの出身であるとは知っていても、作品のパッケージからは、ここまでのことは想像しにくい。軽い恋愛小説と思って読む人には、面食らう人もいるやもと想像する。また、ささやかな描写、アイテム、言動などが伏線として機能し、最終的に鮮やかなミステリ小説としてもまとめられていくのも素晴らしい。これはどう着地するのか?という興味だけでもぐいぐいと引っ張るリーダビリティがあるので、まるで退屈しない。それでいて文体は、さらりとしてくどくなく読みやすい。

でもSFとミステリとしては文句はないのだが、恋愛小説としてはちょっと気取りすぎているように感じてしまった。特に終盤は、シチュエーションを作りすぎていて、うまく、きれいに描こうとしすぎている、という感じだろうか。いい話を書いてやろう、あわよくば泣かせてやろう、という欲が見えるというか…。たぶん「雨恋」以上のものを書こうとする気負いがあって、それが出てしまったのではないか、と想像している。多くの人が感動しているようなので、そんなことを思っているのわたしだけなのかもしれないが、ついそんな下卑た想像をしてしまう。品のないことで悲しい。

これはまだ年若い人たちにこそ読んでほしい。読書の楽しみを知るのに最適な一冊といっていい。幸いなことに、TSUTAYAの「書店員が選んだもう一度読みたい恋愛文庫」の1位になったことで双葉社から復刊されている。奇跡のラブストーリーとかなんとかと文字の踊る帯やコピーのことは、あまり気にしないで読んだ方がいいよね。宣伝は、期待をあおりすぎ。

もしもこれを読んでよかった人は、さかのぼって「雨恋」を読むのもいい。というか「雨恋」のことを忘れないで!こちらもとても素晴らしいのです。「九月の恋に出会うまで」ともども絶賛オススメ。現在は「雨の日のきみに恋をして」と改題されて発売されています。