眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

黒川芽以出演 オーディオドラマ「私は”サバイバー”」 感想

あらすじ
越智希美は、がんになってしまった。手術後1年が経過すると、勤めている美容院では「もうそろそろ普通に働いてほしい」と言われ、仕方なく希美は退職。何もかもがうまく行かない中で、子供の頃によく遊んでいた姫だるまが、しまい込んでいた押し入れから出てくる。しかもこの姫だるまは、喋り出すのだ!それも希美が言われたくないようなことをズケズケと言い放つのである。姫だるまに愚痴をこぼしながらも希美は、一流美容師になるという夢をあきらめ、医療事務の勉強を始める。受講先で知り合った講師・近藤勝の優しさに惹かれながらも、がんを患っていたという引け目から素直になれない希美だったが…。

感想
病気になった人に対する周囲のあまりの無理解、無神経さが腹立たしい。「越智さんだけ特別扱いにすると、他の人たちから文句も出てくるから…」という店長の考え方。先輩の美容師の、病気の人間に全く配慮のない無神経さ。後輩社員の悪意のない無意識の言葉の暴力。これまでの人生を全否定してくるハローワークの職員。どれもありがちな話で、「困ったこと」というのは、当事者にならない限り判らない、想像すら出来ないものであるという一面はあるにせよ、もうちょっと心を砕いてくれてもいいのではないかと思う。しかしこれが現実の一面でもあるのだろう。希美に対する彼らが悪人というわけではないだけに、気が重くなる。しかしドラマは、そこで、姫だるまが喋り出すというファンタジー要素を加えている。喧嘩友達のように姫だるまと会話するようになると、全体の雰囲気も軽くなる。ともすれば重くなる一方の問題を、このシリアスになりきらない軽さで救っている。その軽さは、聴取者も、希美も救うものになっている。

がんサバイバーであるがゆえに、新しい出会いと恋にためらう希美の姿。胃を切除しているので、せっかく食事に誘われてもたくさんは食べられない。しかし食べなければ彼が気を悪くしてしまうかもしれない、という思いから無理をする辺りの、いじらしさというか、もはや卑屈さと言ってもいいかもしれないその思いは、けれども負い目を抱えた人の気持ちとしては痛いほど判り、切ない気持ちにさせられる。そしてまた講師の近藤は、なかなかいい感じの男性であるために、この恋を応援したくなるのである。さて、この恋、どうなる、と思って聴いていたのだが…。その先には、思わぬ結末が待っていた。

ミステリ要素が作品の主眼でないために、それを謳わない小説や映画がある。サラリーマン小説や恋愛映画を読んだり見ていたりして、思わぬトリックや伏線の回収に出くわすとき、結構びっくりするのは、やはり不意打ちを食らうからだろう。この作品も、実はそれがある。希美と近藤以外にもう一人、重要な人物が登場する。希美の学生時代の友人である村上紘一は、今は保険会社の営業として働いている。偶然、街で再会したのち、仕事としてやってきた美容室で偶然、再び希美と再会するのである。無理解であることは村上も同じである。「今度みんなで会おう。会っておこう」みたいな不用意な発言をしてしまう男でもある。が、その不用意な発言に対して自分の至らなさを反省する男でもある。なので彼は、希美のことを気にかける。一方の近藤は、希美と話をするうちに自分が二度、結婚したことがあり、しかも二度とも妻に先立たれていると告白する。「だから、君ががんと聞いて、ちょっとホッとしたというか…」みたいなことを言う人物だということも判るのだが、これが引っかかった希美は、近藤との交際をやっぱりやめようと決める。そんな二人のやりとりの場に、村上が現れる。そして近藤という男の正体について暴露するのだ。「この男は、この界隈の保険業界では有名な男だ。二度結婚して、二度死別。そのたびに保険金を受け取っている」と。村上と、美容室の店長との会話で、奥さんを亡くして結構な額の保険金を受け取っている男の話というのが出ているのだが、それがまさか伏線だったとは。近藤は、たまたまそうなっただけだと言うのだが、希美は近藤との会話の中で、保険についてさりげなく聞かれていたことなども思い出すのである。まさか、そんな展開になるなんて。隠されていた話が暴露されるという展開に驚いたのではない。ちゃんとその前段として、伏線が張られていたことに驚いたのである。ミステリだとは微塵も思っていないものに、その要素が用意されていたときの不意打ちは予想外に大きいのである。作者である青木江梨花という名前には注意していたい。

喋る姫だるまが実は希美の心の声であり、自分自身であることも、姫だるまに語られてしまうのだが、映像でみせることが出来ない場合はこういう表現になってしまうのは仕方がないのだろうか。判り易く伝えるためにはこれでいいとは思うけれども、ちょっと物足りない感じもしなくもない。そこのところは、オーディオドラマを聞きなれていないので、よく判らない。こういうものかもしれない。物語はそのあと、前向きな姿勢で終幕を迎える。やさしい気持ちで聴き終えられて、よいものを聴けたという喜びがあった。理想論に過ぎるという意見もあるかもしれないが、現実はより厳しいというのなら、ドラマや映画の中でくらい、楽観的に生きることをもっと肯定してもいいのではないか。それが現実に何らかの力を及ぼす可能性だってあるのだから。

黒川さんは、社会に対して、人に対して、引け目を感じて積極的になれない女性をなかなかの好演。気の弱そうなところがちゃんと感じられて、役の捉え方など、良い感じ。近藤役の弓削智久も、意外といっては何だがこれもまたなかなか良かった。前半のやさしさと後半のぶっきらぼうな感じの落差が良かった。こんなに演じられる人なんですね。ちょっと誤解していたかもしれません。村上役の今野浩喜は、どこか飄々とした芝居ぶりでとてもよかった。ラストで、恋人候補として立候補するものの簡単にスルーされてしまうあたりの微妙なニュアンス芝居も達者なものである。俳優として伸びる逸材だと思うので、ドラマ、映画制作者はもっと彼を起用してほしい。

放送日/2017年7月1日(土)午後10:00〜10:50/NHK‐FM