眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

『ドラッグ・ウォー 毒戦』をみる

監督はジョニー・トー。2012年の香港=中国映画。

覚醒剤製造工場の爆発事故で生き延びたルイス・クーだったが、中国警察につかまりスン・ホンレイ演じる警部補に組織壊滅のために協力せよと迫られる。中国では50グラム以上の麻薬の製造は死刑なので、仕方なくルイスは捜査を手伝うことになるが…。

ルイス・クーは、素直に協力しているようで、ちょっとした隙や逃げ道を用意しているしたたかさがあり、まるで信用ならない。しかし感情の高ぶりを持て余す様子など、こっちはまだしも心情を遠巻きにうかがうことは出来るものの、一方のスン・ホンレイは終始無表情、人間的な温かみはほとんど感じさせないタフガイぶり。ルイスからすれば信用ならない男、に見えるだろう。双方が全く相手を信用していないところに面白さがある。内面にほとんど触れないまま迎えるクライマックスは、だからこその壮絶さがあるのだが、バタバタと情け容赦なく死体が増えていくさまの凄さと同時に、そこに冷ややかさもあって、あれだけ派手な銃撃戦にもかかわらず非常にクールな様相。

公安警察のタフさは尋常ではなく、誰もが弱さはほとんど見せない。あまりの激務に、ホンレイがモニター画面をみながらぼーっとして、部下に、寝てください、と言われてしゃがみこんで寝る場面、列車移動中に眠りこける刑事たちを見つめる場面くらいにしか、人間ぽさはない。いやそれで充分だ、とする意見もあるだろうが。他の人間も任務第一、そのためには命を惜しまない半ば超人のような人たちばかり。管轄の違う刑事たちが自己紹介し合う場面、再び追跡に戻る刑事たちにお金を差し出す場面など、微笑ましいところもないわけではないが、あまりにもさわやかなので笑ってしまった。一方で、ルイスの兄貴分や、密売製造の弟子たち、組織のボス、黒幕の「香港七人衆」といった面々には、どこかコミカルな役回りも与え、人間臭く描かれていて、ひんやりした空気を放ち続ける刑事たちとの熱量の差は歴然としている。警察官をだらしなく、弱く描いてはダメ、という中国側の規制(特にラストのあれはいらんだろう。無粋の極み。本来ならもっとちゃんとした見せ方をするはず)があったのであろうとは容易に推察され、その枷が全体のハードさを生んだとも言えるけれど、娯楽映画としての面白味はかなり削がれてしまったのではないか。自由に撮れていれば、もっと面白い映画になっていたのでは、と思ってしまう。これはこれでいい、と言えば、いい。けれど、ジョニー・トー映画にロマンティックな夢をみたい人間としては少々不満をおぼえる内容だった。