眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

『片目の猿』をよむ

道尾秀介・著(新潮社・2007年)。

えらく読みやすい。初出が「新潮ケータイ文庫」ということも関係しているのだろうか。

ローズ・フラットの住人たちが生き生きと描かれているのが愉しい。主人公の盗聴専門探偵・三梨の師匠である、元探偵の野原の爺さん、口やかましいまき子婆さん、いつもいっしょのトウミとマイミ姉妹、ちょっと頭の弱い(しかしトランプマジックの名手)トウヘイ、三梨の事務所の電話番の帆坂くん。誰もがあつかましいくらいに、三梨と、新たに入ってきた探偵・冬絵にちょっかいを出し、はやしたてる。どうもボロっぽいアパートで、これという身よりもないような人たちが肩寄せ合って暮らしている風情は、疑似家族のようで、微笑ましく温かい。

ミステリの柱となるはずの、楽器会社のデザイン盗用の噂を巡る事件は、あまり生彩がない。三梨の心のうちも、自ら命を断った秋絵との過去を中心に語られ、真相としてドラマティックなのはそちらの方。ミステリ小説としては、少々比重が崩れている感じがあり、いっそミスディレクション的な小細工はいらなかったのではないかとも思う。事件解決後、秋絵の気持ちを代弁するかのように、冬絵が三梨にいう言葉には、思わず涙する。以前、書評家の吉田伸子が「SFだろうとミステリだろうと、ぐっとくる恋愛が描かれれば、それは恋愛小説だ」みたいなことを書いていたが、それに倣えば、この作品もそういうことが出来る。引きずっている過去との決着、密かな想いへの追憶。そして、寓話の「片目の猿」を引き合いに出した、人の生き方についての物語が、へこたれない人々との賑やかな日々の中で美しく結ばれる。いい話だ。

あとはルチオ・フルチが、まさかそんな理由で物語を彩る要素として扱われるのか…と思い、笑わせてもらいました。