眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

正体不明 THEM(ゼム)

夏のホラー映画まつり2
ILS
監督はダヴィッド・モローとザヴィエ・パリュ。2006年のフランス=ルーマニア映画

DVDで。

ブカレストのフランス人学校の教師であるクレモンティーヌ(オリヴィエ・ボナミー)と作家のリュカ(ミカエル・コーエン)のカップルは、郊外の森の中の大邸宅に二人で住んでいる。真夜中、何者かがこの屋敷に侵入、二人に危害を加えようとする。その正体も目的も不明なまま、二人は必死に逃げ回るのだが…。

本筋にほぼ絡まない、冒頭のシークエンスからして恐ろしい。ちょっとした油断と隙の間に、正体不明の何者かは、そっと忍び寄っている。ビデオカメラで撮っているのが丸出しな、ざらついて荒れた画面、乱暴なカメラの動きのもつリアル感。見えそうで見えないストレスのたまるような暗い画面は計算されたものなのか、それとも照明を極端に落とし過ぎて、映像が潰れてしまっているのか…。製作費が潤沢に用意された映画ではないことは明白なので、後者の可能性もないわけではないけれども、異様な緊迫感は、その一見、不安定な撮影によって成り立っているところも大きい。しかし、逃げる二人の姿はきちんと抑えられ、広大な邸宅の空間、侵入者との距離感もきちんととらえられている。POV映画風、ドキュメント風ではありながらも、きちんと計算された演出がなされている印象。

また、基本の話は、これ以上ないくらいにシンプルで単純な筋立てなので、ホラー、あるいはサスペンスとしては、より過剰に表現することで観客の気を引いてもおかしくはないのだが、不安な空気を延々引きずり、狂気が屋敷内に充満していく様子を、こけおどし抜きで見せていくのは、なかなか肝が据わっている。少々冗長と受け取られようとも、必要だと判断すれば、クレモンティーヌが教師であること、家まで自動車に乗ってもかなりの距離があること、森の脇道に入るところ、その先に門があり、門を入ってもまだ先があることなどを丁寧に見せていくのである。順序立てて映画を進める律儀さがある。77分という短いランニングタイムにもかかわらず、省略をしない撮り方のために、時間がゆっくり流れていく。ある意味、衝撃的であるはずの結末に、むりやりなどんでん返しを食らった時のようなショックなどは微塵も無い。むしろ嫌な後味がじわり、と頭の隅を蝕むような感触であり、ラストシーンのなんでもなさの中の不気味さは、いたずらにショックを強調するやりかたでは出てこないものであったと思う。何気なさゆえの恐ろしさを、観客の懐に強くねじ込むためには、こういう作り方でないとだめだ、という判断だったのだろうし、それは成功していると思いましたね。

半ば打ち捨てられたような屋敷がもうひとつの主役。昔は名のある人が住んでいたのだろうか。ふたりきりで住むにはあまりに広く、心許な過ぎる。映画の後半では、屋敷の地下に移動していくのだが、これがまた、どんな目的でこれだけの規模の家になっているのかが良く判らない。排水路(?)が最終的には、町の方にまで抜けているというのも凄かった。ここはフィクションとしてかなりはったりが効かされているが、スケール感の異様さが怖い。一方で、パソコンをいじっているリュカがいたテラスみたいなところや、のんびりと散歩して歩ける庭、3階といってもいいような広い屋根裏(ちょっと階段みたいなのもある)、やたら多い部屋数など、いいなあ、と単純に思えてしまう。掃除するのも一苦労だろうが、居住スペース以外やる必要がなさそうなのもいい。屋内なのに屋外みたいな感じ。住みたい。


劇場公開時のタイトルは「THEM(ゼム)」だったんだな。