眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

ルチオ・フルチの幻想殺人


昨夏のホラー映画まつりの一環として、自宅開催した「ルチオ・フルチまつり」だが、「サンゲリア」「ビヨンド」の2作で休止。それではいかんのじゃないかあと思っていた矢先、「幻想殺人」がアマゾンで安売り状態になっているのに遭遇。つい買ってしまった。

何かに追い立てられるように、列車の客車を進むフロリンダ・ボルカン。歩いていた通路が、突然何処かの部屋の廊下に変わり、そこでは無数の男女が裸で絡み合っている。その先には一人の女(アニタ・ストリンドバーグ)が待っており、フロリンダは彼女に誘われるままに、ベッドに横になる…。心理療法で自分の見た夢について話すフロリンダだったが、やがてその夢の中で、彼女はアニタを殺してしまう。しかも現実に隣室で、アニタが殺害されてしまった。フロリンダは、自分が殺したのかと怯えるのだが…。

ジャッロ、あるいはジャーロと呼ばれる、イタリア製の猟奇犯罪映画群。ジャッロとしては、傑作なのかもしれないけれど、犯罪サスペンスとしては、極めて普通…。イタリア製娯楽映画らしい、もったりしたテンポで描かれているので、そこに乗れるかどうかが、面白さの分かれ目。

ただ、もったり感は、実直過ぎる見せ方ゆえ、とも言い換えることが出来る。フロリンダがみる夢の描写や、精神科医との会話や、捜査下での取り調べや、サスペンスの積み重ね方など、どれも大変丁寧に撮られ、そしてそれを、実直に繋いでいる。そのためにテンポが犠牲になっているのだが、生真面目な作りには、好感を抱いてしまう。それにミステリ趣味が強い映画でもある。ゆっくりしたペースは、むしろ良い方に転んでいるかもしれないと思った。淀んだような、どんよりした空気感が、陰惨なミステリには似合うのだ。

字幕のせいなのか、元の映画自体の描写不足なのか、いまいち関係がつかみにくいところもあり、犯人の特定がなかなか出来ないのが面白かった。物語には隙があるのでアリバイも証言もなんだかあやふや、しかも登場人物全員を、それぞれ怪しいと思わせるように撮られている。こいつだろ、と思っていると、あれ?違う…みたいなことが何度もあるのは、みていて愉しい。

サスペンスとしては、後半の、フロリンダが謎のバイカーに延々追いかけられるところが白眉。教会の裏口から、礼拝堂、パイプオルガンの演奏室、屋根裏と逃げ回り、ついには屋根の上にまで出てしまう。昔の映画はワンカットが長めなのもいい。短くすりゃいいってもんでもないことが、よくわかる。そして蝙蝠に襲われる(?)場面の執拗さに、イタリア的くどさも感じる。このねちっこさが、後に残虐描写のえげつなさに繋がるのだろう。

ここでの、ふらふらになるフロリンダの芝居もよかった。このとき右腕をナイフで切られるのだが、いまどきの映画なら、腕切られたくらいで気を失ったりしないよね。でも現実には、あれだけの傷だと動けなくてもおかしくない。物凄く痛いはず。フロリンダの表情には、それがきちんと刻まれていた。

犯行の動機が、正直よく判らないという致命的な問題もあり、ミステリとしては、穴があるとか何とか、言おうと思えばいくらでも言えるだろうが、雰囲気よし、サスペンスよし。スタンリー・ベイカー演じる警部が無能ではなく、最後にきちんと解き明かすのもよし。隠れた傑作、などと持ちあげる気はないが…というか、そこまでの映画じゃない。普通の、ただし、ちゃんと作られた娯楽映画として、ちょっとしたお愉しみ、であった。

フロリンダ・ボルカン他、アニタ・ストリンドバーグ、シルヴィア・モンティもゴージャスさ満点で美しい。フロリンダの義理の娘役のエリー・ガレアーニも可愛かった。↓ちょっと小悪魔風で。

ルチオ・フルチ作品としては、残酷描写はそれほどではない、と言われているけれど、とはいえ、アニタの胸に突き立てられるナイフ、その傷口と噴き出す血や、犬に対して行われている外科的実験(?)などは、少々刺激が強いかも。犬の場面は、公開時に裁判沙汰になったと聞くが、確かにカルロ・ランバルディによるこの場面はよく出来ている。一瞬、本物?と目を疑ったほど。

あと、フロリンダもアニタも裸になるし、他の女性の裸も出てくるのだが、その割にちっともエロティックではないところにも、フルチの趣味が出ている気がする。「サンゲリア」のアウレッタ・ゲイのヌードも、観客側は、おっ、と思うけれど、描写としては淡々としていたし、フルチは、そういうことには興味が薄かったのかもしれない。

このDVDは、英語音声で収録されているのだが、一部で突然イタリア語になる。その部分の英語音声が手に入らなかったのだろうか。英語版DVDはどうなっているんだろう。

ルチオ・フルチの幻想殺人 デジタル・リマスター版 [DVD]

ルチオ・フルチの幻想殺人 デジタル・リマスター版 [DVD]

フルチ=フロリンダ作品では、ホラー界隈では傑作の誉れ高い「マッキラー」がまだDVD化されてませんな。ホラーマニアックス、次はこの辺りか?

Lizard in awoman's skin/1971 伊/監督 ルチオ・フルチ