眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

スリザー

宇宙を放浪するナメクジ型の寄生生物。一つの星に降り立つと、その星の生物に寄生して食い尽くす。全滅させると、次の犠牲者を求めて、また宇宙を彷徨う…。そんな慇懃無礼な奴らが、アメリカの片田舎に降下!どうなる地球!
見ながら思うのは、「絶対の危機」であったり、「クリープス」であったり、「フロム・ビヨンド」であったり…。懐かしいSF風味のホラー映画の楽しさがたっぷりつまった下品なホラーコメディ映画。劇場公開時にも観に行ったのだが、そのときよりもDVDで再見した今回の方が楽しかった。何も期待していないせいだろう。

映画自体の感想は、数多ある映画感想サイトにまかせるとして、書いておきたいのは、マイケル・ルーカー演じるグラントのことである。

この映画の主役は、警察署長であるネイサン・フィリオン。彼が少年の頃から恋心を抱き続けている相手が、今は高校教師となったエリザベス・バンクス。エリザベスは、貧乏な家の子で、そこから逃げ出すために金持ちのグラントと結婚した。スキンヘッドにしたグラントは、如何にも柄が悪く、仕事が終わったエリザベスを、自ら迎えにきて連れて帰るという束縛ぶりも発揮。大変ねちっこく、嫌な男として描かれている。特に主役たるネイサンからは、そう見えていて全然おかしいことではない。

町での評判は正直よくはないのだろうが、グラントのエリザベスへの愛情は、大変まっすぐなものなのである。はしゃぎまくってエリザベスをベッドに迎えるが、あまりにもそっけない彼女の反応に、すっかり気持ちを削がれてしまうグラント。マイケル・ルーカーという俳優の起用から考えれば、ここで暴力的衝動に身を任せたような残忍なことになってもおかしくなさそうだが、グラントは夜の町へでかけ、バーのカウンターでひとりでビールを飲むのである。よくある、寂しい男の図。マスターとのやりとりも、ごく普通。普通すぎて、しんみりする。ここで誘いをかけてくるのが、昔の知り合いの女性。意気投合し、森の奥にまで入って行き、いよいよ彼女を相手に羽目を外すのか!と思いきや、熱烈なキスまでされながらも、グラントはそれを拒否!エリザベスが待っているから…というのである。信じられないくらいの貞節ぶりである。殊にそれがマイケル・ルーカーだからこそ、余計にその紳士ぶりに驚かされる。

このあと、グラントはナメクジ星人に体を乗っ取られてしまい、恐るべきバケモノへと変貌していくのだが、ナメクジはナメクジで、翌朝のエリザベスとの仲直りセックスで彼女にイカれてしまう。グラントの彼女への純粋な愛情と、外宇宙でおそらく初めての性的接触…。ナメクジはグラントの肉体と心を通して、彼女への思いを募らせ、言ってしまえば、愛を知ってしまったのである。なんという話しか!素晴らし過ぎる。

本当ならば、真っ先にエリザベスを標的にして良かったのにそれが出来ず、昨晩の行きずりの女の家を訪ねて襲いかかる、手前勝手な行動にある愛の捻じれ。乗っ取った肉体を使って、エリザベスへの愛を滔々と語る気味悪さ。そして最後には、俺を裏切ったな尻軽女!と叫ぶ、幼児的な感情の爆発。初めて愛を知ったナメクジ。しかしそれをどう昇華していくかを学ぶには、あまりにも原始的過ぎる知性のなさは致命的であった。そのすれ違いと、悲しさ。さらにそこには、グラントの感情も当然混じっている。グラントは、本来は感情を理性で抑えることが出来た人間なのである。それが、ナメクジのせいで取っ払われる。心がむき出しになってしまう。感情の赴くままに叫ぶ姿が、ありのままの彼の姿なのだろうか?いや、あのグラントが、そんなことを望んだだろうか?エリザベスに対して、あれだけ紳士的であったグラントが?ブヨブヨとグニョグニョの中に埋もれ、人で無くなる中に、かすかに人の部分が残ってしまっているのが悲しい。救われない…。

乗っ取られた人間たちは、己の肉体を彼に捧げ同化していく。物体としての接触と同一化ではあっても、そこでは感情の交流はない。そこにあるのは肉欲だけであり、ナメクジが真に欲しがる愛情は、手に入らない。作り手は、気持ち悪い場面を見せたかっただけであろうとは思うものの、ついついそこに何かの意味を見つけようとするのは、中途半端な映画好きの悪い癖だが…。監督・脚本のジェームズ・ガンには、そういうふうに思えることが、「ドーン・オブ・ザ・デッド」と「スクービー・ドゥ」のあとに、実際にあったのではないか、と想像したくなる。グラントの姿に、そんな悲しみを感じてしまうのである。

それにしても、この映画の興行的失敗で、ヒットメーカーというキャリアを一瞬にして失い、次の「スーパー!」は、ほぼ自主映画。ほそぼそと小さな規模で、インディペンデント作家になるしかないのか、と思われた先で、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」を大ヒットさせて奇跡の生還を果たしたジェームズ・ガン!また変な映画を撮って、せっかくの再起を棒に振らないように願いたい。

スリザー プレミアム・エディション [DVD]

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Slither/2006 米/脚本・監督 ジェームズ・ガン