眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

「愛を語れば変態ですか」 感想

〈あらすじ〉オープンを明日に控えたカレー屋。店主・野間口徹と妻・黒川芽以夫婦が、店主が会社勤めしていたときの後輩・川合正悟(チャンカワイ)に手伝わせて開店準備を急ぐ中、バイトの面接で今野浩喜、黒川とわけありな様子の栩原楽人、さらに不動産屋の永島敏行といった面々が店に集まって来る。そのバランスの悪い男たちの中心にいたのは、実は、妻の黒川芽以(あさこ)だった…。

以下、ネタばれ前提での文章を書いています。

主要登場人物は、6人。終盤を除くと、ほとんどカレー屋の店内での、ほぼ一幕物。予算がかかっていそうなのは、カレー屋のセットだけ。如何にも、元が舞台劇だと思わせる作りになっている。

野間口徹が中心となってドラマが展開するが、重要な役割を担うのは、その妻である黒川芽以。彼女が演じる、あさこというキャラクターは、その見てくれからは想像出来ないが(出来るか)、なかなかに情に厚く、恋に落ちて燃えやすい。そんな女性であることが、ドラマを引っ張っていく。文字通り、彼女の行動に男たちが引っ張られていく、というお話し。惜しみなく愛を与えるあさこのことを、男たちは誰ひとりとして否定出来ず、結局彼女を巡って殴り合うことしか出来ない。カレー屋が壊れるくらいの男たちの喧嘩の一方で、あさこは、小さなことでうじうじしていることが窮屈になり、外へ飛び出していく。

俳優たちが良い具合にはまっており、にやにやさせられる感じの楽しさがある。大変テンポ良く、台詞の応酬が楽しいが、これは俳優たちの咬ませ方がうまく行っているためのもの。加えて、子役出身の若くして長い芸歴を持つ者、劇団からの叩き上げ、お笑いの人、大ベテラン俳優と、なまっちょろいところのない人選によるキャスティングによるものも大きい。見事に絡んでいて、芝居の楽しさが味わえるのが素晴らしい。

後半、「そこそこ美人の女にキスされて喜ばない男はいないでしょ」と、あさこは道端で次々に見知らぬ男たちにキスしていく。あまりに不幸なことばかりの世の中、もっと明るく楽しく生きていきたいだろ、愛がほしいだろ、と。そのために、あたしが愛を世界に与えるんだ、という使命に彼女は気付くのだ。リアルに考えると、見知らぬ男たちに体を開くとも言えて、まあ映画のタイトルに倣えば、一種の変態ではある。このクライマックスは、小さく閉鎖された身近な世界で展開していたものが一気に大きく外へ出て行くことになると言う意味でも、法螺の吹き方という意味でも、ファンタジーの領域に踏み込んでいる。となれば、「世界に愛を!そのために美人のキスを!」というファンタジーを成立させるには、そちら側へ飛翔するための、もうちょっとの何かが必要だったのでは。「そりゃ、愛に目覚めるのもしょうがないよね」と思わせる見せ方が必要だったのでは。そこが、ファンタジーの壁を越えるポイントだったのでは、と思うのだ。だって、そこそこの美人にキスされたくらいで、普通は愛に目覚めるわけないもの。おろおろはするだろうけれど。あさこのキスは特別なのかもしれないけれど。その無理を、映画は乗り越えようとはしていない。そういうものだ、というスタンスでとらえている。それでもいいのだけれども、それは、自分たちの小さな世界だけの理屈で、それではより多くの人の関心は惹けない。わたしは監督の知り合いでも何でもないので、その理屈を引きうけるつもりはないし、そんな義理はない。だから、その部分では不満に思う。まあ、さまざまな制約がある中での映画製作で、作り手が望むことも、観客が望むことも、完全には満たされはしないだろうけれど。そこのところで、個人的には少々、おいてけぼりをくらった気分になってしまった。低予算で、最後は河川敷みたいなところでのやりとりにもかかわらず、スケールは地球規模、下手すると宇宙規模にまで壮大なものになるのは、凄く可笑しく、かつ感動的でもあるのだが…。

もうひとつ。あさこによって男たちは愛に目覚めるが、それがあさこにだけ向かっているように見える。それだと、愛は世界に広がらないのではないか。愛の奴隷を作っているだけなのでは。世界に広がる愛ではなくて、あさこにだけ向かっていく愛。それは呪いではないのか、と。コメディとしては正解かもしれないが…。しかし、混沌として不幸な世界よりも、女王に従う世界の方が幸福なのかもしれない、とも思った。

愉しく観たのだが(←ここ重要)、ここまで書いたものを読み返してみると、色々とくだらない理屈をつけすぎたかもしれないと思う。損な見方したかなあ。ま、映画の良し悪しなんて、結局見た人それぞれの好みの問題でしかないから。あまり深く考えないようにしよう。

黒川芽以に関して。

黒川さんは、舞台の経験も多いので、こういう作品でも勝手が判らないということはないようで、生き生きと演じておられるように見えました。最初は、ふわ〜んとした感じなのが、自分の愛にはいつも嘘はない、軽い気持ちで浮気なんてしない!と主張し始める(ここでの野間口徹の悲しい表情が良いんだ)と雰囲気も変わり、後半はもう別人。作品内でみせるふたつの顔がお得感たっぷり。また、男たちを翻弄する女性なので、可愛らしく美しく、そして色っぽくも撮られているのも素敵過ぎ。「目で語るなよ!」のところや、「下品なことはしていません。上品なセックスをしました」という台詞や、体の線が出なさそうでありながら、実は細身のスタイルがうかがい知れる衣装によるエロさとか、たまらない場面満載。「劇場の大きなスクリーンで黒川芽以をみる」、その喜びを、しみじみと味わいたいところです。

脚本・監督 福原充則/松竹/2015/なんばパークスシネマにて