眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

殺人漫画 感想

夏のホラー映画まつり、第4夜。

監督は、キム・ヨンギュン。因果応報な脚本を書いたのは、イ・サンハク。2013年の韓国映画

出演
イ・シヨン(カン・ジユン)
オム・ギジュン(ギチョル)
キム・ヒョヌ(ヨンス)
ムン・ガヨン(ソヒョン)
クォン・ヘヒョ

以下、結末に触れています。


感想
カン・ジユンの書き上げたウェブ漫画の原稿を受け取った、ひとり残業中の編集長。原稿をみた彼女は驚く。そこに描かれていたのは、彼女の隠している過去だった。醜い母をもったことで子供の頃の彼女は辛い目にあっていた。母もそんな自分自身を呪い、彼女の目の前で自殺する。編集長は、一旦は止めようとしたが、結局苦しみながら死んでいく母をみつめるだけで助けようとはしなかった。そんな過去。しかもそのあと、漫画の中の編集長は殺されてしまう。恐怖にかられる現実の編集長。何者かの気配を感じて逃げ回るものの助けは無く、漫画のままそっくりに殺されるのだった…という、実に陰惨なオープニングから、ホラー映画らしさは満点。日本と韓国にはおそらく共通する、どろどろとした怨念めいた狂気は、手に取るように伝わってくる。

凄惨な現場ではあっても、誰かが侵入した形跡はなく、自殺として処理されかかるが、カン・ジユンの原稿を目にした警察は、彼女に話を聞きに行く。大人気漫画家であるジユンは、豚舎近くで少女を車に乗せるものの、少女が突然消えてしまうといった怪現象…と思いきや、夢を見たりして、何やら恐ろし気なものが身の回りにあるような雰囲気。そもそも彼女の描く漫画は、ドロドロの人間の狂気に満ちた陰惨な作品のようなのだ。さらに、死体処理業の男性が、漫画の通りの死に方をする事件も発生し、いよいよ、作者であるジユンに対して疑いの目が向けられるようになる。

描写はまごうかたなくホラー映画のそれだが、ジャンルの枠を超えることが普通になった昨今、ホラーだと思っていても現実的な着地をするものが多々あり、そのまた逆もありな状況では、この映画がどういう展開をするのか判らない。どんなに恐ろしい怪奇現象も、強力な麻薬による幻覚、なんてことがないとは言えないのだが、「殺人漫画」は、実に正統派なホラー映画だった。まさかこんなにまっとうなホラーとは思っていなかったので、ちょっと嬉しい。

売れない時代のジユンが住んでいたアパートにソヒョンという高校生が住んでいた。霊をみる力のある彼女は、霊の抱える呪いや悔やみを絵に描いてしまい(というよりも霊に書かされる)、それが人々に忌み嫌われ差別的な扱いを受けていた。が、ジユンはその絵に惹かれるものを感じ、やがてふたりは無二の友となっていった…という過去が描かれて行き、そこで初めて心霊現象が現実のものとなってくる。ふたりのよりそう場面には、友人という枠を超えたものが感じられなくもないところも、また悲しみを強くさせる。一方の警察側も、事件を追いかけていく中で、ヨンス刑事の行動が怪しげになり、実は彼自身にも秘密があり、それが豚舎の一件と関係があり…という具合に、因果応報な展開には救いがなく、悲惨である。

先に、正統派なホラーだと書いたが、その上でミステリ的な展開になっているところもまた面白さのポイントであろう。事件の様相が次第にはっきりしてくる展開もそうだが、ジユンとソヒョンの美しいはずの友情も、ジユンの裏切りがあって不幸な結末となり、最後の最後に明かされるヨンスの自殺に係るギチョン刑事の行動など、いわゆるどんでん返し的な趣がある。出てくる人間の誰も彼もが、私利私欲のために他人を犠牲にして生きて来たという凄まじさが、ギチョンの最期というクライマックスにまで徹底され、即ち、この作品のどこにも救いがないのだった…。

ジユンのみが、ソヒョンからの赦しを受けて死からは逃れるために、因果応報の輪廻からはみ出したようではあるものの、死者たちの怒りや怨みを代弁する役割をソヒョンから受け継ぐというのは、もはや呪いとしか言いようがない。まるで世の中の悪に鉄槌を下すダークヒーロー然として終わっているが、それを抱えてしか生きていけないジユンの前に広がるのは地獄でしかないと思う。

グロテスクな描写はそうでもない、という意見もあるように、確かに直接的な人体破壊描写はない。が、それ以上にドラマに陰惨さがあって、それゆえにどうにも嫌な気持ちにさせられる。韓国製犯罪映画と同じテイストをここにも感じる。

ジユンを演じたイ・シヨンがなかなかに美人なのもよかった。演技がちょっと大げさな感じもあるけれど。ソヒョンのムン・ガヨンは、「チャンス商会」でチョ・ジヌンの娘役だったけれど、あのときとは全く違う暗い表情が印象的。ジユンとソヒョン、ふたりのやりとりだけが、この作品の中で、唯一美しい。結末の恐ろしさのために、より儚く悲しく、それだけに美しさに輝きが増す。