眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

「奇面館の殺人」 「繕い裁つ人」第1巻 感想

奇面館の殺人』(綾辻行人/講談社ノベルス)。綾辻作品を読むのは久しぶり。

首と手の指を切断された状態で発見される死体。おりしも10年に一度かという吹雪に襲われた別荘は完全に孤立。犯人はおそらくこの中にいる…というガチガチの本格ものの御膳立てで展開するので、この手のものを愛する人間としてはそれだけで嬉しくなってしまう。事件の謎、その推理の過程、謎解き、それぞれ魅力的。今回は大仕掛けのトリックや叙述的な引っかけではなく、謎について検証し、可能性をひとつづつ潰していく地道なロジック重視の内容になっている。なので非常に小粒で地味な印象だが、むしろそこがいい。長過ぎず、短過ぎず、適度な塩梅で読み進められるのが愉しい。前提となる部分の都合のよさを幻想怪奇的な要素と割り切れる人とそうでない人とで意見が分かれるが、もちろん、割り切れる方がいい。物凄い偶然と物凄く低い確率の間には超自然的な何かがあると考える方が、科学や理屈こそがすべてとする考えよりも面白いからだ。フィクションとはそういうものだ。



繕い裁つ人(1)』(池辺葵/講談社)

オーダーメイドの服を仕立てる店を祖母から継いだ南市江。こだわりをもって、大切に、着る人のことを思いながら仕事をする彼女の世界と、その周囲の人々との物語。

市江の凛とした姿や仕事への取り組み方、考え方が美しい。それは市江だけに限らず、クリーニング店で働いている人や市江のかつての恩師もそうだ。他人ではなく、自分が思う理想の姿を信じて生きている。背筋が伸びるようなりりしさ。しかし、市江自身は完璧な人間ではない。理想や誇りを踏みにじる行いや考えに対して、抑えきれない静かな怒りを噴出させることもある。その弱さと、裏側にある優しさがとても愛おしい。儚さといってもいい。それは彼女の孤高の姿に、気高い美しさを纏わせる。しみじみと読みたい作品。続きも買うことにします。