眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

「生首情痴事件」  感想

<あらすじ>藤山五郎(演:鶴岡八郎)は、妻・玲子(火鳥こずえ)に譲られた遺産をひとり占めすべく、愛人・有島順子(高月絢子)と共謀。悪徳医師・三田も加わって、玲子を自殺にみせかけて殺害。すべてうまく行ったかに思われたが、玲子の怨念が五郎たちに襲いかかる…。

夏のホラー映画まつりその6
大蔵映画の怪談映画。といっても、主となるのはピンク映画の方。お盆興行なので怪談になった、というだけらしい。「幻の怪談映画を追って」(山田誠二・著)のインタビューで、監督の小川欽也が、はっきりと語っている。大蔵貢の「お盆はお化け映画だ」という興行師らしい考えに基づく企画であり、それ以上の何かがあったわけではない。怪談映画にエロがあるのではなく、ピンク映画が怪談をネタにしている。今となっては、怪談映画という方向から語られることが多いため、本来はピンク映画なのだ、という当たり前のことが抜けている感じがあるので、あえて書いてみた。

安い予算のピンク映画(といっても、当時300万、今なら5千万ほどかかっているという。首が切断される場面の汽車は、撮影のためにわざわざ走らせている)なので、映画自体は大変、安普請な作りになっている。見せ場(男女の絡み、ショックシーン)のみがカラーになる、いわゆるパートカラーも低予算ゆえ。パートカラーは、元々、小川監督によるアイディアらしい。職人監督でありアイディアマンでもあったということだが、「生首情痴事件」も、きちんと作られた商業映画であり、キワモノであることは間違いないが、でたらめな映画ではない。

怪談映画の常道にのっとって描かれていくのだが、実は、翌年の「怪談バラバラ幽霊」もそうなのだが、怪談映画としての面白味は、意外と薄い。勿論、やるべきことはちゃんとやっているし、怪異が起こるのも段取りを踏んだ丁寧なもの。が、よく言われるように、怪談映画は得てして、仇討映画になりがち。祟られる人間が悪人の場合が多いので、やられて当然と思えてしまう。結果、恐怖よりも痛快な気持ちの方が強くなる。子供ならば単純に怖がれるだろうが、いい年した大人には、幽霊も怖いが人間も怖い、ということが判っているので、被害者を殺すまでに至る悪人たちの描写に、嫌悪感や不快感を募らせ、全く心のない彼らの行動にこそ恐怖する、ということになる。どこにでもある、どこにでもいる人間が犯す凄惨な事件、というスケールの小ささ、あまりにも身近な感覚におぞましさを感じる。個人的には、怪談映画というよりも、犯罪映画としての魅力の方が大きい。大蔵映画ということもあり、出演者に顔なじみがないことも生々しさに力を与えているのも素晴らしい。

悪人たちの安い犯罪ぶりと、腐った性根が見事に輝いている。
五郎の「お前のことなんか愛していない、最初っからお前の父親の地位と名誉が目的だった」という玲子への、我慢の利かない子供のような言い種。怒りにまかせて、玲子を犯すような暴力的なセックス。色と欲におぼれた男の焦燥感が、極端な殺しに繋がって行く感じがして、破滅の臭いが立ち込める。
愛人の順子も軽い。悪徳医師の病院で、順子自身が三度、五郎の子を中絶しているのだが、あっけらかんとそれを言い放つその姿にも、命の重さも何もない享楽的に過ぎる彼女の生き方が垣間見える。玲子が死んだあとに、恐怖も嫌悪も感じていない軽さ。演じる高月絢子は、腋毛を剃っていない。剃っていて当然という先入観ゆえ、野性的でメスっぽく、むせかえるようなセックス臭が漂うようだ。
悪徳医師・三田(泉田洋志)と看護婦マチ子(泉ゆり→かわいい)も、色と欲がまみれたような人間たち。マチ子は、五郎に手籠にされたと思いきや、実は最初からそれを誘う役割で接近しているし、それを指示したのが三田だったと判る場面などは、どいつもこいつも…!という感じで、登場人物全員悪人な「アウトレイジ」の比ではないほどの、悪徳の気配が濃密となってくる。
順子が、包帯で顔をぐるぐるに巻いた状態で、五郎に捨てられたくない一心でセックスするところ。どこにも行かないよといいながら、すぐそばに逃亡用のトランクをおいている五郎。ドア越しに聴き耳を立てる三田。といった場面の、滑稽なまでに己の欲望に忠実で、心のない人間たちの、容赦ない描写にも痺れる。

病院の一室で起こるクライマックスは、「4人全員が殺し合うという阿鼻叫喚の地獄絵図」のような展開となる。名画座などで上映されるときには、爆笑が起こることもあるそうだが、最後まで意地汚い悪党たちの足掻きに、笑うにはどうかというような必死さがみえて、ただただ茫然と見守るしかない。室内を俯瞰でとらえたカット、その画面左上に、玲子の頭が浮かんでいる。何もしない。ただそこから見下ろしているだけ、というのが不気味だった。

碌でもない犯罪者たちに対して、ひたすら悲劇的なヒロイン・玲子。演じる火鳥こずえは大変美しく、儚げである。つまり、被虐性が際立つ。五郎に殺されそうになる悪夢の場面では、いきなり小石みたいなものを、バラバラっと投げつけられる。それは薬の錠剤で、無理矢理飲まされそうになるのだが、口のまわりが錠剤だらけになるカットの、異様な扇情感。暗示されたそれが現実になっていく不穏さに怯えるさまもエロティック。火鳥こずえは、ピンク映画界では人気のあった女優さんで、東映や日活の映画にも出ているという。ピンク映画の特集上映では、出演作品が上映されることもあるようだが、出無精な人間にも、この先見る機会は巡って来るであろうか。

小川監督によれば、スタッフには円谷プロ関係の人間もいた、という。円谷で生首というと、「怪奇大作戦」に「散歩する首」というほとんど出オチのような話があるのだが、あれに多少の影響も与えたのかどうか。偶然かな。

生首情痴事件 [DVD]

生首情痴事件 [DVD]

まだ普通に買える!買えばすぐに見られる!ただし、商品として販売するには、ギリギリのフィルム状態。傷は酷く、コマ飛び、音飛びもしている。オリジナルは72分となっているが、DVDは68分しかない。4分間のフィルム欠落ということか。しかもスクイーズではなくLB収録なので、画面も小さい。が、おそらくもはや原版もない映画だ。怪談映画好き、犯罪映画好きは、見る価値ありな一本。

因みに、小川欽也監督の最新作は「エロ番頭 覗いてイヤン!」です。1934年生まれだから、81歳!未だ現役!

監督 小川欽也/大蔵映画/1967