眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

ハイジが生まれた日 テレビアニメの金字塔を築いた人々 感想

ちばかおり・著/岩波書店/2017年刊

感想
テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」が、どういう経緯で作られたのか。その過程を追う内容。興味深いのは、ズイヨー映像社長だった高橋茂人の生い立ちから始まること。ひとりのプロデューサーの人生が、「ハイジ」という作品を作り出す背景にあるというのは、切り口として魅力的で面白い。高橋茂人のドラマとして語られる(本の約半分を費やしている)ことで、「ハイジ」が誕生するに至る物事の流れがよく判り、作品を知る者にとっては大変興味深い。ひとりの人間の思いが、歴史に残る作品を生み出すきっかけとなる、という運命的な働きに奇跡的な物を感じさせられる。

後半は、制作当事者であるスタッフが如何に過酷な作業の中でクオリティの高い仕事をこなしていたか、そしてそれが熱に浮かされたような情熱と喜悦の中で成されていたかが語られる。スタッフが集まってくる様子には、英雄や猛者が梁山泊に集うようなワクワク感がある。またテレビアニメとしては、破格のスケールであり、前例のない制作であったか、その凄さに圧倒される。スイスへのロケハンは有名な話だが、正味10日間の滞在時間が、あれほど作品に結実すると、一体誰が思ったことだろう。当人たちは思っていたかもしれないけれど。この倍の分量で読みたいほどである。

「ハイジ」に限定された内容なので簡潔に語られるのは仕方がないとはいえ、高橋が出張から帰ってくるとスタジオが別会社(日本アニメーション)になっていた件は、もっと詳しく読みたかった。制作現場の環境が劣悪になっても、社長の高橋はそれにノータッチだった、それがスタッフとの間に齟齬を生んだのかもしれない、という記述はあるが、高橋茂人に配慮してか(本人はあまり触れたくないことなのだろう)、かなりはしょられている。とはいえ、当時の製作状況や現場スタッフの声の記録として、とても読み応えのある一冊。手元において、時々読み返したい。

「ハイジ」とは関係がないことだが、虫プロおよびズイヨーが製作した「ムーミン」について。旧「ムーミン」は、現在封印されているが、トーベ・ヤンソンと高橋の交流は終生続いたと、本書には記されている。トーベが不満点を述べたのは事実らしいが、日本の子どもが喜んでくれるなら、とも言ったらしいので、藤子・F・不二雄が旧「どらえもん」に失望したのとは、これを読む限りではニュアンスがちょっと違うかなと思う。単に権利上の理由で封印されているのだろう。ほら、「未知との遭遇」とか「インディ・ジョーンズ」の吹替を、製作会社がオフィシャルな物はこれと決めてしまったので、オフィシャル以外の物は今後ソフト販売されなくなると言われているが、それに似たようなことなんじゃないのかなと。