眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

冬の華 感想


あしながおじさん」がモチーフのひとつとして描かれる、抒情性豊かなやくざ映画…と、そんな風にまとめられることが多い。が、どうみても東映任侠映画なこの作品を印象的にしているのは、「あしながおじさん」ではなくて、アクションや派手な見せ場があまりないことと、高倉健の心情に寄り添った内省的な物語であることと、俳優たちが誇張されたやくざ演技を抑えていること、といったあたりにこそあるのではないかと思う。

刑務所から15年ぶりに出所した加納秀次(高倉健)が横浜に戻るものの、昔と変わらぬやくざ稼業から足を洗おうかとも考えるが、結局しがらみの中で不幸を選ぶことになる…というのは、典型的なやくざものの物語。出所して戻ったものの、新たに自分の組を作れるわけでもなく、積極的に物事に取り組むのでもなく、秀次は、傍観者的な立場にいる。終始、自分のすることに迷い悩む、そんな男として描かれている。無口で内省的な高倉健を見せることが映画の主たる目的の一つになるので、必然的に映画自体のトーンは抑えられ、アクションや無駄な見せ場がなくなるのは仕方がないことである。そしてこの場合、それは必要がない。例えば、「仮名手本忠臣蔵」を文楽で(歌舞伎でも?)みたときに、討ち入りの場面がないことに驚くが、なくてもそれで収まりがつくのと同じように、東映やくざ映画だからアクションがなければならないというわけではない。

内容に沿って、俳優たちの芝居も、典型的なやくざ芝居ではないスタイルがとられている(そうでない人もいるが)。関西やくざたちは、こてこての大阪弁で如何にもな感じではあるが、東竜会の面々は強面ではあっても普通の大人という印象になる。小池朝雄の砕けた芝居などがいい例であり、わが子の慶應合格の報にびっくりする様子など、家庭をもつ普通の男として演じられている。さらに、親分である藤田進は、すでにやくざ稼業には飽き飽きしている風であり、今はシャガールの絵に熱を上げている状態。どこかの企業の偉い人風ではあっても、淡々としたところがあって、凄むことはもはやない。港で絵を描いているところなど、街中で見かければ、やくざの大物とは思わずに「素敵な絵ですねえ」なんて声をかけてしまいそうな、普通のご老人なのである。田中邦衛が、高倉健の舎弟を演じているが、こちらもびっくりするくらい抑えた芝居になっている。ひたすら兄貴分をサポートする、それだけに徹した演技。田中邦衛という俳優の個性を消してしまいそうなくらいの抑え方。また、今の状況に納得できない、若頭クラスの夏八木勲峰岸徹寺田農といったあたりの芝居もやくざっぽさは薄く、特に複雑な状況に置かれる寺田農の表情は、青春時代の最後のきれっぱしが引っかかっているような、悩める青年のそれであり、物悲しさを感じさせた。

脚本は倉本聰によるもの。もともとピリピリしていた西と東の関係が、突然抗争状態になるきっかけが、飲み屋でのカラオケのマイクの取り合いというバカバカしさ。やたら歌いたがる幹部の一人を登場させ、しかも小林亜星に演じさせて滑稽さを増量。加えて、無口で控えめだった健さんが、虫の居所が悪かったとはいえ、西のやくざに絡まれていきなり殺してしまうあまりにも短絡的な行動など、やくざ映画ややくざ者に対する皮肉めいた視線を感じた。しかし、バカバカしく愚かであればあるほど、こんなことのために、どうしてこれだけの人間が不幸にならねばならんのだという虚しさ、悲劇の密度は上がるのである。

健さんは、知り合った倍賞美津子から、かつての恋人みずえ(どんな漢字を書くのだろうか)の消息を知る。北へ行きたいと言っていたみずえは、最期は博多まで流れて死んでいた。また健さんは兄の大滝秀治に、母の消息を聞く。彼女も死んでいた。会いたいと願っていた、かつての兄弟分・池辺良(泣ける!)の娘…成長して池上季実子…にも、実際には会えず、会わないと決断する。どうして俺は、かつての女や母に会えなかったのか、また彼女たちは、俺に会わなかったのか。彼女たちの心情に自分の気持ちが重なるとき、それはそのまま、健さん池上季実子への対応へとスライドしていく。亡き女たちの行動が、彼を踏みとどまらせたのではないかと思うのである。セリフだけでしか語られない女たちの人生は、だからこそ儚い人生を垣間見させ感じさせ、健さんの揺るがぬ思いと行動を補強する。脚本家の腕の見せ所…。15年を経てからも「なんとか見逃してくれねえか」という言葉を再び聞くことになり、そしてその願いを聞いてやれないという、因果が巡るラストシーンも素晴らしい。

ここ最近、何度も再放送されているが、やっとまともに見ることが出来た。中途半端にみてるだけで「あんまりだったな」なんていう感想は、もうやめにしたいよ。

クロード・チアリの音楽も耳に残る。

監督 降旗康雄/東映/1978