眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

「女マネージャー金子かおる 哀しみの事件簿①」  感想

〈あらすじ〉結成して苦節10年のお笑いコンビ、スリートップ。やっと陽の目をみて、人気イベントの司会もまかされることになるという上り調子の最中、半田(生瀬勝久)が恋人(佐藤江梨子)を殺害した容疑で逮捕されてしまった。永年、コンビを売り出すのに奔走し続けてきたマネージャー・金子かおる(久本雅美)は、半田の無実を晴らすために、独自の調査を始める。街を歩き回り、事件当夜の半田のアリバイを証言できる目撃者を見つけるのだが、どういうわけか彼らは次々に命を落としていく。どうやら何者かが彼女の先回りをして目撃者を消しているようなのだ。半田はストーカーのような女につきまとわれていたことがあるといい、実際、嫌がらせをしに事務所に現れた女もいた。また半田は、事件現場のマンションで、赤い服を着た怪しい女を見たと言う。犯人は、半田につきまとっていたストーカーではないのか?また、事務所にやってきた女も、赤いコートを羽織っていた。もしかするとあの女がストーカーだったのでは…。果たして、半田の無実は証明されるのか。そして、真犯人は誰なのか…。

以下、ネタバレを前提とした文章を、思いつくままダラダラと書いています。













本放送は2002年2月8日。2002年当時は、久本雅美の好感度が絶好調だった頃であるNHKの行っていた好感度タレントランキングでは2001、2002、2003年と連続1位。ビデオリサーチの好感度ランキング(年2回発表)では、2002年8月に3位、2003年2月と8月が共に2位、2004年8月が2位。今も久本雅美はテレビで見かけるものの、この当時の好感度や人気は、さすがにないだろう。若い人の中には、そんな時期があったことすら知らない人もいるかもしれない。何せ14年も前の話なのだから。しかし、世間を味方につけていたあの頃、この作品の意外性は、けた外れに大きかったはず。軽い気持ちで見ていた視聴者を、呆然とさせて余りあったのではないかと想像する。何よりも久本雅美が当時の日本でどういう立ち位置にあったか、ということが大きな引っ掛けになっているので、そこがピンとこないと衝撃の度合いが薄まってしまう…ということで、大げさに言えば、時代と密接な関係にある作品だったな、と思わされもした。が、だからと言って退屈だと言ってるわけではない。展開の面白さと犯人の意外性は衰えておらず、それは凄い。もちろん、あれこれと想像する中で、「これはもしや…」と想像出来てしまう人もいるかもしれないが、そうではない人も、今もたくさんいるんじゃないかな。

(タイトルを書くと、そっちがネタバレしてしまうので書けないが)海外の古典的ミステリ小説を思い出させるようなところから始まるが、途中で思いもよらぬ方向へ進むのが面白かった。半田が、恋人の部屋をいったん出てからの、アリバイにかかわってくる部分。街のバーで一杯引っかけようして出来なかったこと。漫才(コントか)のネタを書いた封筒を間違えて持っていかれて、サラリーマン風の二人組を追いかけてビルを上がり、サクセス商事という会社で封筒を取り返したこと。こんなにはっきりしたアリバイがある、と安心していると、バーのバーテンは、そんな人は来なかったと証言。ビルはもぬけの殻で、誰も今は借り手がいないことが判る。全員がグルとしか思えないような事態だが、半田がバーに入ったのはたまたまで、あらかじめ予定していたことではないのだ。何者かが罠にかけようとしたって、そううまくいくようなことではない。これはいったいどういうことか…?という、狐につままれた感が愉しい。どういう解決を用意しているのかという期待と相まってワクワクさせてくれる。また、サラリーマン風二人連れを追いかけているときにぶつかった募金の女性、サクセス商事で商談中だった女性。この二人がアリバイの証明を決定的にする人たちなのだが、ともに後ろ暗いところがあって表ざたに出来ない事情がある、というのもサスペンスの一つとなり、しかももたもたしている間に、二人とも死んでしまう。事件が複雑化して人がたくさん死んでいく、どういう結末に至るのかが見えないときほど、ミステリが面白い瞬間はない。事件の解決も大切だが、途中経過の見せ方が面白くないことには、結末まで見ていられないのだからして。

作り手は、かなり本気で視聴者を驚かせようとしたのだと思われる。探偵役の金子かおるは、そのときそのとき、複雑な表情を見せる。不動産屋に頼んで鍵を貸してもらい、サクセス商事のあったビルを見に行ったとき。証言者が死んでしまったとき。ストーカーに似た筆跡をみつけたとき。いろんな局面で、かおるが見せた表情の意味は、視聴者が思っていることとは、実は違っている。まったく別のことを考えていたのだ、ということが判るのは、事件解決後の自白の中で、またもう一度見返したときである。その辺の、意味が二重に仕込まれているドラマの見せ方には、視聴者をだましてやろうという企てがしっかりと練り込んである。ある表情のもとで「犯人は嘘をついている」のではなく、「犯人は違うことを考えている」というところにミステリを感じるのである。それにそもそも、このドラマはタイトルが凄い。「女マネージャー金子かおる 哀しみの事件簿①」である。絶対シリーズだろう、普通は。シリーズキャラクターが犯人だとは思わないから、その時点でいわゆる、「見えない人間」状態になってしまう。これもいやらしい企みである(あるいは「哀しみの事件簿シリーズ」であり、「金子かおる編」という意味だったのかもしれない)。

それにもうひとつ。後半、半田の相方の鳥羽(板尾創路)にも怪しげな様子が見られるようになっていくが、同時に赤い服を着た女の存在がクロースアップされていく。赤い服の女って誰だ?というその先で、鳥羽の赤い服姿の写真の載ったイベントのチラシが映る。あからさま…とはいえ、ぼんやりとみてきた者は(わたし)ここで、「最初のコントの場面でも赤い服着てた!」とそこで気付いたりするのである。そして、赤い服の女=鳥羽=犯人、と思う。ここでうまいなと思うのは、赤い服の女が鳥羽でない可能性も、見る側に想像させること。「鳥羽に見えるけど、鳥羽じゃないかもしれない。もし鳥羽じゃないのなら…じゃ、誰だろう?」と思わせてしまう。このクライマックスにおいて、あくまでも意識を向けさせる先は、「赤い服の女は誰だ?」であり、「犯人は誰だ?」はその次に置かれている。ところが突然、真犯人がそこと関係ないところから出てくるんだから、これは巧妙なミスディレクションだと思う。「やられた!」と思いますわな。鮮やかだったな。

事件の真相は、留置所で語られる。面談室では、半田とかおるの立場が逆になっている。かおるは、いかに自分が半田を愛していたかを語る…。それが犯行の動機なのか…。半田の恋人を殺した時点でもう何もかもが終わった。しかし自分の身を守ろうとしながらも、自分が犯人であることをペンダントの存在でアピールして、半田がそれに気付けば…という思いもあった、というところが複雑。ペンダントに気付いてくれれば、半田が自分のことを少しは気にかけている(恋愛感情ではないにしろ)という証になる。それを胸に自首することが出来る。一方、完全犯罪が成立し、半田が犯人として罪を償うとなれば、周りが離れていく中でも自分だけはいつまでもそばにいることが出来る。かおるが望んだ答えはそのふたつのどちらかだったのではないか。だが運命は、彼女に味方しなかった。自分が犯人となってしまえば…。タレントとマネージャーという関係をなくし、半田には恨まれる。半田のかおるへの思いは、憎しみだけになる。それだけは避けたかっただろうに…。しかし、ラストの半田の表情には、かおるへの憎しみが見えるだろうか。自分勝手な女の行動に怒りはすれ、むしろ、彼女のそんな気持ちに全く気付かないで生きてきた、愚鈍な自分への失望と憤りを感じないか。最後の別れで、かおるは、半田に見捨てられたと思っただろうが、半田が見捨てたのは、おそらく自分自身だろう。だがそれに、かおるは気付かない。気付かない者同士、最初から最後まで、この二人の気持ちはズレている。それが一番の悲劇。

追記:赤い服の女の存在を確信しているかおる(自分も目撃しているから)としては、その人物を犯人に仕立てようと思ったのか…。目撃者殺しは、赤い服の女がやったということにすれば、半田の嫌疑が晴れるかもしれない。同時に自分も逃げられるかもしれない。赤い服の女が犯人なのだから。でもそれだとあまりにもリスキーすぎるなあ。そんな人物はいない、と警察が判断したら、もう半田を救える目撃者はいないし…。動機がいまいちわかりにくいのは事実か。ストーカーをでっちあげ、それを赤い服の女ではないか、と思わせる…というのは、存在しない犯人を捜せと上の人間に言われ(なんで存在しないかというと言ってる本人が犯人だから)て、しょうがないから犯人をでっちあげる「追いつめられて」あたりに着想があるのかもしれない。:ここまで。

2002年製作なので、出演者がみな若い。そんな中、木下ほうかはほとんど変わっていない。10年以上のちにブレイクスルーするとは、このときはまだ誰も思っていない。OPクレジットで「赤い服の女」となっている南野陽子は、エンドクレジットでは友情出演となっており、確かにほんの少しだけの出番だった。顔がまだ丸く、可愛らしさが残っている。出ているのを知らなかったので、ちょっと嬉しかった。あと、適当な捜査しかしない冤罪警察かと思いきや、じわじわと追い詰めていく夏八木勲。渋すぎる。

脚本 蒔田光治/監督 藤田明二/2016.9.20(火)/BSフジ 午後の名作ドラマ劇場 17:00〜19:00