眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

アジョシ(2010)

監督はイ・ジョンボム。

「泣く男」の公開に合わせて、朝日放送の深夜で放送されていたものをみた。よっておそらく30分近くカットされ、また吹替えである。

見どころはアクションになるのだが、ウォンビンの動きの素晴らしさは言うまでもないのだが、手持ちのカメラによる撮影は、臨場感を与える半面、せっかくのアクションがちゃんと見られないという弊害を生む。今に始まったことではないけれど。そろそろ世界中の映画製作者が、手ぶれって喜んでるの作ってる側だけだよね、と気付いてもらいたい。

キム・セロンの境遇がなんとも悲惨。母親は、ダンサーでヤク中。組織の麻薬を盗んでおいつめれら、生きたまま臓器を抜かれて死んでしまう。父親はいない。隣の質屋のウォンビンおじさんに、父親の姿を重ねているのかもしれない。孤独に生きているのは、その質屋も同様で、この二人の、微妙な関係がドラマの軸となる。仲がいいというわけではない。セロンは慕っているが、ウォンビンは出来る限り距離を取ろうとする。その差が、ドラマを動かすポイントだった。ウォンビンが動く動機は、後悔だと思った。

物を盗んだと疑われているセロンの姿をみかけながら、ウォンビンは彼女を無視してしまう。そのあとのくだり。彼女は、携帯プレーヤーを返してもらう代わりに、お金の持ち合わせがないからと、宝物の、持っている中で一番強いカードを、ウォンビンに渡す。甲冑を着こんだ騎士(?)の絵だ(字幕にはダーク・ナイトと出る)。彼女は「おじさんが知らないふりしたのは恥ずかしいからでしょ」という。そうではないが、理由をはっきり言うわけにもいかない。母親は最低、みんなも自分をバカにする。でもおじさんの方がひどいよ、と。そして「でも嫌いにならない。おじさん嫌いになったら、あたしの好きな人いなくなっちゃう。そんなのいやよ。ここが(胸が)痛くなっちゃう。だから嫌いにならない」…こんなこと言われて、動揺しない大人がいるだろうか。だったらそれは人でなしだ。少なくとも、ウォンビンはそうではない。この後悔が、ドラマをひっぱる起点となる。

警察の取り調べ中に、所持していたものが机に並べられ、そこにあのカードがある。それは、セロンから送られたメッセージでもある。あなたはナイトなのだと。「バロン城を脱出し…」という解説を目にし、ウォンビンは警察から逃げ出す。彼女はカードを宝物といった。大切なものを差し出したのだ。セロンを助けなければ。自分は彼女のナイトなのだから。と思ったとしてもなにもおかしくはない。ウォンビンが動き出すには、それだけで充分ではないか?

敵のアジトでの殲滅後、駐車場で茫然としているウォンビンの表情がすごい。完全に気迫なし。行き場を失い、戸惑っている子供のような表情。戦いのあとに茫然とする芝居は数多あれど、気が抜けた顔を少年のようにみせた俳優が世界にどれだけいるだろうか。

ラスト、明け方の商店前。知らないふりをしたことを、ウォンビンは謝る。そして「知ってるふりをしたいとき、つい知らないふりをする」という。どんな謎問答だ?と思ってしまうが…。どういう意味?ときかれて、自分も判らないというのだが…。この人のことを知っています、と言いたい。だが、本当に知っているのだろうか?親しくしているようだが、いや、何も知らないのではないか?だとしたら、ここで名乗り出る資格はあるのだろうか?その行動に責任がもてるのか?…そういうことだと思った。それは自信のなさゆえだ。覚悟が決まっていないからだ。事件に片をつけた今ならば、それを謝ることが出来る。何故なら、今なら、君のことを知っていると、自信を持って言えるからだ。人生におけるさまざまな後悔も含め、彼はここで懺悔する。

一人で生きろ。しっかりな。という言葉を、噛みしめるようにうなづき、ウォンビンを見あげるセロンの表情がいい。しかも、最後にウォンビンが望むのは、一度だけ抱き締めさせてほしい、というもの。両手を広げて、男を迎え入れる少女の姿。おそらくもう二度と会えないだろう。それを判っている男が流す涙は、この世と、これまでの人生と、少女との決別をにじませ、悲しさの中に美しさも感じさせる。浄化されていく魂。救われたのは彼女だけではない。真に救われたのは、彼の方ではなかったか…。

おじさんと呼ばれたもう一人、タナヨン・ウォンタラクンのキャラクターには、もうちょっと突っ込んで欲しかったなあ。あれは元々、ふたりのおじさんを対比させる、という意図があったんではないかな。勿体なかった(因みに、タナヨンは「ルパン三世」に出ているが、そこでは全く生かされていなかった)。

東地宏樹は好きな声優だけど、ウォンビンって感じではないかも…。キム・セロンが矢島晶子なのは、普通過ぎてびっくり。いや、クレヨンしんちゃんが特異なだけか…。