眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

「バニー・レークは行方不明」 感想

〈あらすじ〉
ロンドンに兄を頼って引っ越してきたアン(キャロル・リンレー)。保育園に預けたはずの娘バニーがいなくなってしまった。園内を探してもみつからない。警察の捜査も開始されるが、バニーをみた人間が誰もいないという現実を前に、次第に、ある疑いが生じてくる。バニー・レークという少女は、実在しないのではないかと…。

ソウル・バスによるタイトルデザインが、例によって秀逸。手が伸びて来て、紙を破るように画面を切り取っていく。切り取られた部分に、クレジットが入る。タイトル部分の最後には、子どもの形が切り取られる。これから始まる物語を、一言で語るようなもの。シンプルながらも鮮やか。

映画が始まるや目を引くのは、流れるようなカメラワーク。撮影は、デニス・クープ。一旦動きだすと停滞することがないような、流麗さ。冒頭部、家の外へ出て来た、キア・デュリアをとらえる様子の見事さで、もう唸ってしまう。カメラがあっちを向きこっちを向きするものの、動きが緩やかなことに加え、変化に富むクレーンの使い方の巧みさで、その場の状況を明確に切り取って見せる。

以下、ネタばれ前提での感想を書いています。



キャロル・リンレーは線が細く、映画が進むに連れて、神経症的な所も加わり、どんどん精神的に不安定になる。兄のキア・デュリアからは、やけに過保護に扱われている。警察のローレンス・オリヴィエも、大人の女性に接するというよりも、若い娘に話しかけているようでもあり、そのためにリンレーは庇護されるべき弱者のように見えてくる。娘が消えた不安と恐怖、自分の言うことを誰も信じてくれないという焦燥と絶望。それだけで充分なのに、新しい部屋の大家のノエル・カワードがしつこくくどいてくるという全く余計なストレスも降りかかる。この場面は、映画のバランスを崩すような分量で描かれており、なにがしかの意図ががあるのだろうが、ひたすらねちっこい。彼女のストレスを、多少なりとも、観客もまた感じざるを得ない。同時にそこには、怪しげな人物たちが右往左往する魔界的な風情も立ちあがっている。保育園の最上階に住んでいる、園の創設者も怪しい。人形修理の店も、その主人も怪しい。見方を変えれば、慣れない土地で放り出された、少女のような女性の孤独な冒険物語、とも言える。

観客の興味を引っ張り続ける、バニーは存在するのか否かというサスペンスは、実在したということで決着する。絶対いないと思っていたから、デュリアがあけた車のトランクの中に少女が眠っている姿をみた瞬間、びっくり。そこから始まるクライマックスは、異様な緊迫感と迫力に満ちていて圧倒される。まず、庇護されるべき頼りない少女のような存在だったリンレーが、俄然母親に見えてくる。娘を守るために必死に戦う姿に、それまでにない力強さが現れ、映画の様相が逆転する。観客の勝手で滑稽な思い込みを、ズバっと切り捨てるような一種痛快な鮮やかな反転だった。そして、理知的なはずであった兄のデュリアが、急速にそうではなくなっていくこと。子供の頃の自分に戻ってしまった兄は、リンレーとの二人だけの時間を邪魔するものは排除しなければと、バニーを殺そうとする。デュリアを怒らせないように、遊びに誘うふりをしながら、リンレーたちが逃げようとする様子が異様なサスペンス。邸内のかくれんぼ、トランポリン、ぶらんこ、温室といった風景が、恐怖に染まっていく様が凄まじい。デュリアの異常性を見せていくことで緊張感を高めて行くのも、サスペンスがアクションにすり替わってしまうことの多い最近の映画では味わえない面白さである(それが悪いわけではない)。余計な物を入れない、純粋なサスペンス、という感じだろうか。

「第三者の目がないと、その実在を証明出来ない」ということは、他人がいなければ、自分の信じる存在が世界から消えてしまうということだ。それは自分の内面部分からみた消失の恐怖だが、知っている人間のはずが、全然知らない人間になっていく…という恐怖は、外側からみたものだ。ここには、内面からと外面からの、消失することの恐怖が対のように描きこまれている。その向かい合った心理のもつれを、兄と妹という血の繋がった人間によって描いている。近親相姦的な匂いをどうとらえるかにもよるが、ふたりを、一人の自我の葛藤ととらえることも出来るのではないかと思った。映画全体が、どこかのだれかの、心のうちの戦いだったのではないか。心理学的なアプローチによる娯楽映画と考えた場合、そういう映画の見方も出来るのではないか、と思った次第。

オープニングで切り取られた子供の形が、元に戻されて映画を閉じるのも、正しい締め方という感じ。

バニー・レークは行方不明 [DVD]

バニー・レークは行方不明 [DVD]

監督 オットー・プレミンジャー/BUNNY LAKE IS MISSING/アメリカ/1965/スターチャンネル