眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

二人の世界(1966)

監督は松尾昭典
BSプレミアムで。
「赤いハンカチ」(1964年)と似た話し。脚本はどちらも小川英がメインになっているようなので、あえて同じような話を依頼されたのかもしれない。というよりも日活ムードアクションは、どれも話が同じと言われたらそれまでなのかもしれない。

少女殺しの罪をきせられて逃亡した裕次郎が、時効を数日後にした今になって日本に現れる。真犯人を明かし、身の潔白を証明するために…。真犯人が誰かは、とっくに判っていて、事件の目撃者二人を探し出し、真相を語ってもらうことで片をつけようとする裕次郎。だが、敵である山形勲はさすがに悪辣で手の内を簡単に読んでしまっており、どんどん不利になっていく。

あまり気にする人はいないと思われるが、一応、以下ネタばれ。
話の骨格自体は、かなりスタンダードなものだけれども、登場人物たちにはなかなか味わいのある肉付けがされていて、特に浜村純と深江章喜の人生には、ぐっとくるものがあった。純さんは、かつて裕次郎の仕事仲間で今は息子と二人で暮らしている。年を取ってからの子なのでまだ小学生、妻はもう無く、二人でつましい暮らしをしているがそれなりに幸せだ。ところがここに過去からの使者が来る。真犯人を捕まえるために協力してくれと。しかし純さんも誰が悪いか知っている。そしてこの街はそいつが支配している。歯向かうような真似はしたくない。ほっておいてくれ、俺は息子と静かに暮していたいんだ…というね。章喜さんの方は、ヤクザ者。出所してきたら所帯を持つと信じていた相手が、実は自分のことを大して好きではなく、それどころか他に惚れた男がいるってんで、カッと頭に血が上る。当たり前か。相手の男を殺せば、彼女の気持ちが戻るかもと思い行動するが、相手もさるものそれどころか、傷を負った自分を助けてくれるというナイスガイである。しかし彼を許すことは出来ない。そしてどんなに避けられ、蔑まれても、章喜さんは彼女に惚れているのだった。直情的な男が取るべき行動は、最終的にはそれしかないとはいえ、あまりに救われない。主役たちの物語がいくら悲劇になってもそこには華があるけれど、脇役たちには陽がまるで当たらない。湿った世界で、そっと退場していくことになる。報われない。しかし、世間へのルサンチマンを重ねつつも、何かが出来るわけではない凡庸な人間としては、彼らのひそやかに終える人生に、気持ちを寄り添わせるのである。

この作品でのキーパーソンは実は裕次郎ではなくて、ルリ子の方なのが面白かった。彼女の行動によって物語は、向かわなくてよい方向へと舵を取ってしまうからだ。ルリ子は、惚れた男を心配するあまりに、頼れるものにすがる。浜村純は、ルリ子に協力しないことを息子に詰られ、仕方なく手伝うことになるのだが、彼らの人生を危険にさらすと判っていながらも、彼女はそれを止められない。さらに、より確実を期すため、黒幕のところへ乗り込んで、裕次郎を助けるためにネタを提供し、浜村純が目撃者の説得に向かった先にヤクザを連れて現れる。ついには、彼女を守ろうと後をつけていた深江章喜は殺され、目撃者の大滝秀治さんは拉致され、浜村さんとこの飼い犬のシェパードは撲殺されてしまうのである。ルリ子さえ、もう少し冷静に行動してくれれば。惚れた男が無事であってくれさえすればそれでよい、という勝手な行動が、思いもよらず、人の人生を変えていく。恐ろしいのは、ここまで追い詰められた裕次郎が敵陣に乗り込み、今度は本当に人を殺してしまうことである。彼は決して人を殺すために帰国したわけではない。目撃者に証言を翻してもらおうとしていたのである。それが彼女のせいで、のっぴきならないことになり、手を下してしまう…。運命の女ですよ、ある意味で。迷惑な意味で。男の方は彼女にちっとも参ってないですから。それでも、ラストでは、二人でやっていこう、というんだから、裕次郎の豪胆ぶりは並ではないな、と感心するのですが…。

長崎県が舞台になっているのは、慰安旅行を兼ねていたからではないか、と勝手に思ったりもするのですが。話が次々に移って行くのも如何にもタイアップっぽいし。しかし、さすが坂の多い土地、独特の風景がみられるのがいいですね。狭い通路が入り組んで、アップダウンが連続する街並。ここでのやりとりは、なかなか他の映画では見られないもので、魅力的。今はどうなっているんでしょうね。昨年「ペコロスの母に会いに行く」が長崎が舞台で、主人公宅がやはり坂の上でしたけれど。尾道が同じように坂が多いことを、映画の力と合わせて観光化したようなことを、長崎はしなかったんでしょうかね。ま、しない方がいいですけどね。

この映画はタイトルバックがいいんですよ。「ウルトラQ」的なタイトルシーンもいいんですけど、暗い中でピンスポ浴びて踊る二人の姿が、実に美しい。シネスコを生かした、人物とクレジットの配置も素晴らしい。テレビでは両脇が若干トリミングされているみたいで、気持ち、狭苦しいのが勿体ない。本当はこんなに余裕があるんだと。

しかし、そんな役回りであっても、この当時の浅丘ルリ子は本当に美しいですね。それに、声がいい。滑舌がはっきりしていて、淀むことのない口調。のびやかで艶のある声。からっとした中に、しっとりした湿り気もある。声を聞いているだけで、胸がいっぱいになります。