眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

「他人の眼」 感想

監督/ケン・ウィーダーホーン

マイアミで連続するレイプ殺人。テレビキャスター、ジェーン・ハリス(ローレン・テューズ)には、この事件が他人事ではなかった。子どもの頃に妹トレイシー(ジェニファー・ジェイソン・リー)がレイプされ、そのショックで妹は目と耳が不自由になってしまった。自分が目を離した隙に起きた事件ということもあり、ジェーンは罪の意識をぬぐえず、妹の世話をしながら二人で暮らしていた。そんなある日。マンションの駐車場で、隠れるようにして汚れのついたシャツを着替え、それを捨てて部屋へ去る男を目撃するジェーン。彼女は、この男スタンレー・ハーバート(ジョン・ディサンティ)が犯人ではないかと疑い始める。
感想
上映時間が1時間25分。せいぜい、主人公とその恋人とのやりとりに感情が行き交う様子が描かれる他は、余計な寄り道をしない直線的なサスペンス映画。ツボを押さえた演出と、変態殺人犯を演じるジョン・ディサンティの不気味さとで一気に見せ切る。

国内盤DVDは出ておらず、テレビでも見る機会のない映画が、まさかamazonビデオで見られるなんて。

以下、ネタバレを前提とした文章を書いています。

トム・サヴィーニによる特殊メイクは、もっと刺激の強い描写があったというが、X指定になるのを避けるためにカット。が、残されている場面では、首にナイフがぐりぐりと突き立てられたり、スパッと横一線して血が噴き出したりとなかなかにえげつない。ラストで絶命したディサンティの額から、脈動にあわせて血が流れる描写も芸が細かい。この場面は、地味ながらもサヴィーニのベストワークのひとつなのでは。

もしも残酷描写が強烈であったならば、単によくあるスラッシャー映画になっていたのかもしれない。それを思えば、タイトなサスペンス映画としての趣が強い完成版は、これはこれで良かったのだと思える。実際、小味なサスペンス映画として、今見ても面白い。最近の映画は、シンプルな内容でも饒舌になりすぎる感じがあるが、この映画のように簡潔な作りでも実は何も問題はないのだ、と思った。

脚本は、マーク・ジャクソン(ノンクレジットでエリック・L・ブルームの名前もあるが…。どれくらいかかわっていたのだろうか。アイディア提供、くらいだったのかなあ。他には名前が出てこない人なので)。ジャクソンは1979年製作の「毒ガス作戦・スカンクス」という映画の脚本を書いており、これは監督がウィーダーホーン、主演がジョン・ディサンティ。よほど気が合ったのか、「他人の眼」は、この3人の再度の顔合わせだったのだ。ちなみに「毒ガス作戦」の製作者ルーベン・トレインは、ウィーダーホーンの1976年の作品「東カリブ魔の海域」で製作と撮影を担当。音楽は、リチャード・エインホーン。ウィーダーホーンが気に入っていたのか、エインホーンは「他人の眼」で再登板。さらにちなむと、「毒ガス作戦」の作曲家、レッド・ナインカーシェンは「他人の眼」で追加音楽を書いているようである。つくづく、映画製作は縁で回るものなんだな、と思う。

ジャクソンはこのあとロン・カーズの名前で「13日の金曜日part2」の脚本を書いているが、彼に脚本家としての才能があったとすれば、「他人の眼」ですべてを出し切ってしまったのかもしれない。例えばジェーンは、確たる証拠のないのにスタンレーを怪しむのだが、面白いのは、彼女に無茶な行動を取らせるところ。管理人をだまして鍵を手に入れ、スタンレーの部屋に不法侵入するのだ。彼女が被害妄想にとらわれて追い詰められていく…とは展開させず、積極的に事件をかかわっていく。それはキャラクター上のこともあるし、ホラー映画やサスペンス映画の女性像が変わり始めたからということもあっただろうが、かなり無謀なのでハラハラさせられる。室内物色中にスタンレーが帰宅してしまい、どうやって部屋を脱出するかというサスペンスも、無謀で無茶ではあっても、面白さを損ねるような安易な処理されていないのも感心した。ベランダに逃れ、縁を掴んでぶら下がり、スタンレーが下を覗き込んだ拍子に階下のベランダに飛び込むのである。さらに、食事中のその部屋の住人の横を通って部屋を出る、という笑いまでくっつけている。なかなかいい感じなのである。

その後もジェーンの行動はエスカレート。個人情報がまだゆるゆるの時代だったこともあって、簡単にスタンレー宅の電話番号も手に入れ、「全部知ってるぞ」と脅迫の電話をかける。優位に立っていた変態殺人鬼が、自分のやっていることを逆手に取られて追い詰められるという逆転も面白いし、何よりも主人公が堂々とかなり卑劣な手段に出るという、予想外の行動に引き付けられる。しかし、これはかなりまずいのでは…と思った通り、テレビのニュースをみていたスタンレーに、電話の声とキャスターの声が同じだと気付かれてしまうのだが、単純ながら、ここにもサスペンスが生じてうまい。という具合で、ジャクソンの脚本家としての腕は、決してへぼではない、と思えるのだ。

クライマックスは、ジェーンがスタンレーの部屋に忍び込んでいる間に、自室でスタンレーがトレイシーに襲いかかるという、入れ違いによるサスペンスとなる。トレイシーの眼が見えないことに気付いたスタンレーの取る行動が、いかにも人を馬鹿にしたようで、異常性の一端を垣間見させて腹立たしい。ここは、ディサンティとジェニファー・ジェイソン・リーの二人が素晴らしく、演出云々以上に彼らの芝居が緊迫感をみなぎらせる。ただ、クライマックスとしては少々物足りなく、もうひと盛り上がり欲しいところではあるが、派手にし過ぎないがゆえの良さ、というのも感じるので、これでいいのかも。でもジェーンが駆けつける、ということが、サスペンスとして機能していないのはもったいないと思う。

トップレスバーや、ひと気のない街の様子など、猥雑さ陰鬱さと物騒な空気を画面に焼き付けていて、80年代の低予算映画らしい雰囲気が充満している。砂浜でカップルが犠牲になるあたりの、必要なものだけに照明をあてて、あとは漆黒の闇、みたいな場面の夜の禍々しさ。今撮影しても、もうこんな風には映らないはずである。時代特有の撮影、演出により作り出される空気感が、懐かしくも恐ろしい。あと個人的には、あんなに立派なマンション(というかコンドミニアム)でも、洗濯は地下のランドリールームに行かねばならぬのかということが、たいへん怖い。物騒過ぎませんか。「ローズマリーの赤ちゃん」の時代でもあるまいに…。もしかして、今もそうなのだろうか。

ジェニファー・ジェイソン・リーは、ハンディキャップのある女性を自然に演じていて、低予算サスペンス映画にはもったいないほどの好演だった。後の実力派俳優の片鱗が既にうかがえる。気になったのは、映画の後半で、右眼の下あたりが痣になっていること。撮影中にケガでもしたのだろうか。レイプ魔を演じた、ジョン・ディサンティは他にこれという出演作はないようだが、この作品では実に素晴らしい。ねちっこく、自信過剰で暴力的な男を演じ切っている。何気ないしぐさや表情、視線にも、暴力衝動を秘めた感じがあって不気味なのである。映画がヒットしていれば、こういう系統の役のオファーが殺到したと思うのだが…。主役のジェーンは、ローレン・テューズ。テウズとも表記されるがどっちなのだろう。テレビシリーズ「ラブ・ボート」に出ていたらしいが、テレビのオフシーズンに、小金稼ぎのために出演したんだろうな。「ラブ・ボート」は、見てなかったなあ。というか、関西では放送されなかったような…。

それにしても、ずっと見たかった映画をこうしてみることが出来たのは、大変ありがたくうれしく愉しかった。配給はワーナーだったが、これがネットで見られるのなら、他のソフト化されていないものもなんとかならないのだろうか。勿論、ソフト化してくれるのもありがたいが、ネット配信でとりあえず見られる、ということも大切ですな。

「他人の眼」は、「13日の金曜日」を製作したジョージタウン・プロの作品であり、それは当時の宣伝でも大きく扱われていましたな。でも「あの製作会社の新作!」という売り方で客を呼べるのかどうか…。そこにしか売りがなかった、ということなんでしょうが。