眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

映画クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 サボテン大襲撃(2015)

監督は、橋本昌和

メキシコ・マダクエルヨバカで収穫されるサボテンからは、大変甘い蜜が取れる。これに目をつけた双葉商事は、野原ひろし35歳を現地に送ると決定。妻と子供二人を連れてメキシコへ旅立った野原一家を待っていたのは、足(根)を生やして動きまわり人間に襲いかかる、人食いサボテンの群れであった!

と、メキシコに家族で行こうと決意するところまでは、ひろし主体のドラマ展開になっているので、まるでひろしが主人公であるかのように書いてみた。


映画は、引っ越しするまでと、メキシコに行ってからの、いわば二部構成になっている。特にその前半部分での、ひろしとみさえのやりとりは、これまでの映画ではなかったようなシリアスさが感じられた。異動することがみさえにばれてしまい、二人して夜中のキッチンで語りあう場面。ここでの作画も、いつもはみられない、おちついた画となっているのも、シリアスさを高めている。こういう大人の実感が描かれると、子供の付き添いで来た親御さんも、映画に入りやすいのではなかろうか。

引っ越しの準備に追われる場面も、引っ越し経験のある人には、あるあると思えるものになっている。荷物を運び出してガランとした室内の様子など、さらりとした描写ながらも、ちょっとグッとくるのでは。近所の人たちが見送ってくれるのも、嬉しいやら有難いやら、なんともいえない感慨が浮かんでくるあたりのリアルさもよい。因みにここには、台詞はないながらも、埼玉紅さそり隊の3人や、またずれ荘の四郎さんや屈底母娘なども顔をみせているのが嬉しい。おけいが出て来たのにはちょっとびっくり。むさえちゃんもいて、ちょっとしたオールスターキャスト。でもおけいは出てこないとおかしいしね。園長先生もそうだ。納谷六朗さんが亡くなっているため、声は生前の録音を使用しているそうです。この場面、「またね、しんのすけくん」という台詞に、思わず目頭を熱くするアニメファンも多いはず。改めて、合掌…。

前半部では、しんのすけと、かすかべ防衛隊の仲間たち、そのなかでも特に風間くんとの友情が大きく扱われている。風間くんだけに大きな役割が振られているのは、ちょっと違和感を覚えたが、よくよく考えてみれば、しんのすけの風間くんいじりは、他の3人に対するものとは違うかもしれない。当たり前に見過ぎているせいで、意識していなかったけれど。割合あっさりとしているしんのすけが、電車を追いかけてくる風間くんをみつける場面などは、大変感動的な見せ場でドラマティック。そしてそのあと、すぐに立ち直るのも素晴らしい転換。ここで映画は後半(というには早いか。本題というべきか)へと移る。映画版は、何かというと感動に結び付けようとする傾向があるが、今回はそれを、前半部のクライマックスという形で描き切ってしまうのも潔くていい。

メキシコ編は、感動で物語を引っ張らず、SF怪獣パニックものの風味で描き切る。印象としては、「トレマーズ」+「人類SOS」という感じ。他にも、個々の描写には「絶対の危機」とか「宇宙戦争」も入っているとみた。驚かされるのは、サボテンが動き出すことに、何の説明もされないこと。とりあえずそれらしい一言もない。潔いとも言えるが、少々削り過ぎでは、という気もした。今回の上映時間は104分と長めなので、切れるところはぎりぎりまで詰めたということかもしれないが。また、サボテンが暴れるというシンプルな内容なので、悪役が存在しないのも異色。市長がその役割に近いが、絶対的な悪役ではない。異例というほど大袈裟なことでもないのだろうが、これまでの映画版にはないシチュエーションは新鮮。

メキシコの人々も、愛を歌うマリアッチ、腰ぬけのプロレスラー、スマホばっかりしてる無愛想な少女、町の発展しか考えない愚か者の市長、としっかりと性格付けがされている。それが展開のうえでもきちんと生かされているし、何よりも重要なのは、悪辣に思える市長ですら、憎めない人間として描かれていること。生きて行くには、ちょっと面倒なハンディを抱えていても、愛すべき人たちとして描かれていることに、ほっとする。そういう弱さが、クライマックスでプラスに転じるのは映画の醍醐味。

SF怪獣パニック映画としては、王道ともいえる内容。殊に、クライマックスの見せ場などは、クレヨンしんちゃん映画、という括りが不要に思えるほど、普通に怪獣撃退の描写になっている。高台から、遊園地全体を見下ろすようにした画面、離れたところからみたショットなど、スケール感の出し方も見事。作戦自体はバカバカしいかもしれないが、描写の積み重ね方は真っ当すぎるほど。ストレートな娯楽映画として、的確な見せ方。思わず(心で)拍手した(幼稚園の先生・カロリーナがシャツを脱ぐと、下は黒のタンクトップというのも、「判ってる感じ」がしてよかった)。

エンディングでは、野原一家と、町の仲間たちとの交流が紹介されていく。なんだか、このままマダクエルヨバカに、ずっと住んでしまいそうなほどの打ち解け方。これまた微笑ましい。エンディングまで含めて、物語が構成されている。現にそのあと、またほろりとさせるようなラストが付いている。

今回の脚本と監督は、「バカうまっ!B級グルメサバイバル!!」のコンビだが、あれよりもはるかに面白かった。このコンビと、昨年の「ロボとーちゃん」組とが、交互に作っていければいいのに、と思わせるほど、今年の「クレヨンしんちゃん」も上出来だった。喜ばしい!