眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

ペイチェック 消された記憶 感想


商品の仕様と性能を盗み、新たな商品を作り上げるベン・アフレック。彼は、開発時の記憶を全て消去し、仕事を依頼した企業との関わりを一切捨て去ることで、莫大な報酬を得ている。報酬のためには、旧友アーロン・エッカートの誘いに乗り、3年間という長期に渡る開発に協力もする。無事解放された日は、9000万ドル以上の報酬という成功を彼に約束するはずだったが、受け取れたのは封筒に入った19の小物。更にFBIに拘束されて知らされたのは、世界を揺るがすような陰謀に巻き込まれたということだった…。

P・K・ディックの原作の映画化。ひところ、よく映画になっていたが、最近はブームも沈静化したのだろうか。「NEXT」「アジャストメント」「トータル・リコール」と軒並み、期待ほどの興行成績が上がらないのでは、多少敬遠もされるようになるということかもしれない。

ネタばれ。今更気にする人はいないだろうが。

北北西に進路を取れ」を基本ベースとしたという内容で、ヒッチコック風な巻き込まれ型サスペンス映画。ベン・アフレックと、恋人であるユマ・サーマンとの関係が、鳥かごに飼われているインコ2羽に象徴されるのは、明らかに「鳥」からの引用。あの映画が好きな人間としては嬉しいところ。クライマックスで、あまり意味なく、ベンがアーロン・エッカートに紐で首を絞められるところでは「ロープ」を思い出したけれど、これは考え過ぎか。あとは、ベンとユマが階上の通路から飛び移る、仕切りになっている透明のカバー。「サイコ」のシャワールームのカーテンとそっくり。重みで、ブチンブチン、とカーテンレールを外れて行くところとか。といっても露骨なヒッチコックオマージュが頻出するような映画ではなく、観客が共有しているヒッチコック映画的なものを目指そうとしている、ということである。それこそ、絶頂期のリチャード・フランクリン辺りが撮っていれば、かなりヒッチぽかったろうけれど。そういう映画ではない。が、ヒッチコックマニアがみれば、あれこれと発見出来るのかもしれない。

ジョン・ウーが軽く撮ったような映画である。自ら製作もしているが、前作「ウィンドトーカーズ」と比べると、力の入れようには大きな差があるように思える。いわば、ウーの、職人監督しての腕の部分で撮った映画であり、それが気楽に見て楽しい娯楽映画になっている理由だと思う。それまでの作品からすれば、確かにジョン・ウーらしい色はかなり薄まっているように見えるけれど、ヒッチコック風サスペンス映画を、いつもの感じでやる意味はないと判断したのかもしれない。それでも随所に、それっぽさが刻まれているので、そこがファンとしては見どころの一つになるだろう。

例えば、3年目に解放される場面で、ベン・アフレックの表情で画面が止まる。そこに久しぶりに自宅に帰ったベンの姿がオーバーラップされるが、画面が止まることで何かを語る、というのは如何にもジョン・ウーらしい。切羽詰まったベンが助けを呼ぶのが、親友で仕事のパートナーでもあったポール・ジアマッティ。二人が3年ぶりに再会する場面もなかなかいい。あまり芝居のうまくないベンのぼんやりした表情も味があるが、やはりジアマッティが素晴らしい。複雑な思いを匂わせる表情に深みがあって、「男たちの挽歌」のマークとホーの再会を思い出させた。軽めの娯楽映画とするには、ジアマッティの芝居は中身が濃すぎて(さほど重要な役柄でもないのに、ジアマッティの芝居が必要以上に役に命を吹き込み過ぎている)、逆に失敗しているとも言えるのだが、しかしドラマらしいものが実はそれほどない映画(娯楽映画としての面白さを取っているということ)の中で、唯一、心に触れる場面だったとも言える。アクションシーンは、どこまでがジョンの指示かは判らないものの、逃げるジアマッティの盾として花を載せた荷台が動いていくところや、コンテナの中を走るバイクの横を、車が並走する場面などに、らしさを強く感じさせる。銃を至近距離で向け合うといった定番の場面もあるが、一番はやはり、鳩が飛ぶ場面だろう。ベンがみた未来では、開いたドアからは銃弾が飛んでくるはずだった。が、現実のその瞬間、彼は光と共に鳩が飛んでくるイメージを見る。そのあとに入ってきたのは、ユマだった、という場面。鳩は、いつも聖なるもの的なイメージを重ねられていると思うのだが、今回の場合は、ベンに取っての聖なるものがユマであったということで、そういうことでは理にかなっていて悪くなし。

しかし、ジョン・ウーらしいものを探すことが、この映画の面白さではない。そんなものは、はっきり言ってしまえば、全く意味のないものである。ウーだって、そんなところを面白がられても喜びはしないだろう。手元にある20のアイテムが、危機に直面する場面で役に立つというところが、映画の一番の肝。クリップだとかヘアスプレーだとかが、どういう理由でここにあるのかが判る、種明かし的な見せ場の作り方が面白くて、そんな無茶な、などと思いながらもワクワクしてしまう。単純で判り易い娯楽映画の愉しさが、この作品にはある。こういう面白さは、映画初心者の子どもたちにこそ見てほしいと思う。なので小学生の子供を持つ親御さんに推奨。主人公が普通の人なので、人を殺めようとしないところも安心出来る。ま、普通の人にしては、タフ過ぎるし、バイクの腕前が一流過ぎて、びっくりするけれど。

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個人的に不満だったのは、エッカートのいる部屋だとか、マシンのセットだとかが、ダメなアメコミ映画に出てくるみたいな安っぽいものだったことかな。あえて、そういう線を狙っているのかもしれないが。「フェイス/オフ」の刑務所もそうだったけれど、ジョン・ウーはSFのセンス、あまりないと見た。

新作「太平輪」が未だ公開にならず…。上映権料が高いらしいとの噂も聞くが、値段が下がるまでにもう1、2年くらいかかるかも。「君よ憤怒の河を渉れ」のリメイクも決定しており、日本でもロケの予定がある模様。場合によっては、こっちの方が先に見られたりして。しかし、ジョン・ウーには、ミュージカル映画を撮ってほしい。ガンアクションの振り付けでソング&ダンス!想像するだけで胸が躍る。「バンド・ワゴン」のクライマックスとか思い出したりして。あそこまで粋に出来るとは思わないけれど、ダイナミックでアクロバティックな映画になりそうなんだけどなあ。あとは、以前にも書いたが「エクスペンダブルズ4」。チョウ・ユンファも連れて来て、ド派手なガンアクションをやってほしいんだけど。

監督 ジョン・ウー/PEYCHECK/アメリカ/2003/イマジカBS