眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

クロユリ団地 感想

〈あらすじ〉二宮一家がクロユリ団地に引っ越してきた。長女の明日香(前田敦子)は介護の専門学校に通っている。学校で、誰にも気付かれずに亡くなっていた人の話しを聞いた彼女は、引っ越して以来まだ会ったことのない隣人のことが気になりだす。団地の公園で、ひとりで遊んでいた少年・ミノル(田中奏生)から、二宮家の隣人が彼の祖父だと聞いたこともある。鍵が開いていたので中へ入ってみると、壁をかきむしって老人が死んでいた。やがて、彼女の周りに怪異が起こり出す。介護の指導を受けている最中、突然抱いている相手が、死んだ老人となり「お前、死ぬ」と耳元で囁いたのだ。彼女を取り巻く状況は悪化していき、そして…。

以下、ネタばれ前提での感想を書いています。


序盤の恐ろしさを盛り上げる隣人の死とその幽霊が、実は本筋ではないというのが意外な展開。もう一人、凶悪な霊がいて、そっちこそが危険な存在であり、明日香にその危機が迫っていると伝えていた、というひねり。面白い。が、その面白さは、手塚理美演じる霊媒師が、その説明をした段階で終了。映画は、そこからが本題となる。

映画は、活劇的(娯楽的)な趣向をほとんど持っておらず、ストレートなホラー映画になっている。明日香は心に傷を受けて、ずっと自分を責め続けているというキャラクターであり、その隙を悪い霊に付け入られる。物語を能動的に動かすのは、彼女を救うべく奔走する、遺品清掃業の笹原忍(成宮寛貴)となり、役割分担がはっきりしているのはいいのだが、そのために明日香はひたすらに深く深く落ちて行くのみであり、結局そのまま彼女の心情は浮上することはなく、映画は終わってしまう。無論、霊媒師の活躍であるとか、霊を部屋に入れる入れないのやりとりであるとか、それは一種の活劇的要素ではあるけれど、主人公が自らの選択によってそこに至ったというわけではない。なし崩しのように、その状況を受け入れたような状態であって、本人の強い意志、戦って前に進むのだという意識がなければ、活劇とかアクションには転化されないのではないか。むしろ、映画としては、前向きな方向性は忍にまかせて、彼女には全てを捨てさせたように見える。つまり、描かんとするのは、罪の意識にまみれ恐怖に戦慄しながら落ちて行く女の姿という、ある種、純粋要素だけなホラー映画…。しかもそこに、孤独死、介護、事故や事件によるPTSD、見捨てられた少年の霊からはネグレクト的なものまで浮かびあがり、社会問題意識も盛り込まれている。映画の志は、観客が思っているよりもはるかに高いところに置かれている感じがした。成功しているかどうかは、別にして。

先日みた「劇場霊からの招待状」の「埋葬」でもそうだったように、中田秀夫は、どんどん描写を簡素化させている。恐怖を煽るような装飾的な描写は影をひそめるようになっており、落ちて行く女を執拗に見せる、ということに徹底している。最低限の、こけおどしと娯楽を踏まえたうえで、その向こう側の何かに向かっているのではなかろうか。ショッカー的演出がほとんどないのも、その表れではなかろうか。また、団地の一部屋が主たる場であるというミニマムすぎる世界観。物語空間がその小さな世界でほぼ完結してしまう一種の内省的な方向性。リアルさを捨てて心象風景で表現されるクライマックスの攻防など、予算との兼ね合いもあるだろうが、娯楽商業映画でありつつも、かなりアート映画に振れている感じもある。微妙なバランスで成り立つ不思議な映画になっているとも思える。ただ、そういう面白さを、怖がりにきた観客は求めていないだろう。中田秀夫のジレンマはどこまで続くのだろうか。しかしまあ、物作りとはそういうものかもしれぬ。

最初からどうも描写に違和感があり、その理由が中盤で明かされるのだが、この辺はもう今となっては、多くの観客には想像がつくようなものである。明日香の家族は既にこの世におらず、団地も彼女の一人暮らしであり、「今度の有休大丈夫でしょうね」「う、うん…」という両親の会話が何度も繰り返されるのも、明日香の妄想であり、罪の意識ゆえのものであった…というもの。時間軸がずれたような描写、隠されていた一面が表面化する描写には、少々食傷気味。それほど意外性も感じられず、ふうん、という程度に留まってしまう。作り手にとっても、観客にとっても不幸なので、そろそろこういうパターンからは脱却してもらいたい。

↑さすがに見せ場を盛り込んでいるので、予告編の方が怖い。

前田敦子は、ひたすら暗く、陰鬱であり、笑顔も最初の方でみせるのみ。アイドル映画としては、失敗だろう。彼女のファンはあまり嬉しくないと思う。落ちて行く、というリアリズムも意識されたためか、きれいにもかわいくも撮ってもらえていないのも不幸。女優としてはそれで正解かもしれないけれど…。

劇場霊」の公開にあわせてのテレビ放送だったのだが、「クロユリ団地 序章」も「劇場霊からの招待状」もTBSなので、てっきりそっちでやると思っていたのに地上波でもBSでも完全スルー…。TBSは別に映画の製作に噛んでいるわけでもないので、そこまでする理由はないのかもしれないが…。しかし一番の驚きは、地上波ではなく、BSジャパンでの放送だったこと。まさか地上波未放送のまま?この映画を放送する価値は、地上波放送では「ない」と判断されたのか。それともホラー映画を放送出来る枠が、地上波には無くなったということなのか。なんだかんだ言っても、まだ地上波テレビ放送をみている人は多いので、そこで映画をやらなくなったら、映画なんてますますみる人が減るんじゃないかな、と思ってしまうのだが。しかしまあ、もうテレビも映画も無くなってもかまわないという人も多そうだけど。

監督 中田秀夫/2013/BSジャパン