眠りながら歩きたい ver.3

映画、ドラマ、小説、漫画などの感想や、心に移りゆくよしなしごとについて書きます。

神の左手悪魔の右手〜黒い絵本

シリーズ中、一番凶悪な作品。

ももちゃんは足が不自由で、ベッドに寝て暮らしている。退屈な毎日で愉しみなのは、パパが描いてくれる絵本。しかしその内容は、血みどろでグロテスクなものだった。そしてそれは現実だった。パパは、娘を喜ばせるために、次々と人を殺していたのだ…。

以下、内容に触れています。


この話では、想があまり絡まない。父娘の話しは遠く離れた土地で起きており、想は夢でこの事態を知る。最終的に、ももちゃんを助けるために単身出向いて行く、という形である。本来なら、客観的な事実、状況を説明する役割の想がいないので、この一件の実態が、ほとんどわからないまま。そのため、読む側としては、あれやこれやと想像を巡らせることになる。答えはどこにも書いていない。どう読まれてもいい、ということである。以下は全くの想像です。
「ある家族をね、わたしは殺したんですよ。その家にはまだ小さな女の子がいた。可愛くてね、殺せなかった。でもこのままだとこの子の未来がどうなるのか不安でね。わたしはその子を連れて逃げましてね。名前は、ももと付けました。二人だけの暮らしですよ。しあわせでしたね。このしあわせにずっと続いてほしい。そこで、ももに暗示をかけることにしたんですよ。お前は足が悪いんだって。歩けないんだってね。普段から、寝かしつけるようにしましてね。うまい具合に、ももはそれを信じた。子供ですからね。これでずっと一緒だと思いました。

でも次第に知恵をつけてきますよね。退屈だとも言い出す。さてどうしたものか。繋ぎとめるためにはどうするか。何か刺激がいるな、と思いました。白雪姫とかね、もう、ももにはぬるいんですよ。ええ、それであの絵本を描いたんです。好評でした。好評だったと信じたいですね。現に、ももは続きを、新しいものを望んだのです。これは励みになりますよ。わたしは一層、殺すことにしました。何せ、読んだそばから、新しいのは?と聞いてくるくらいですから。

でもその中に、暗示も含ませていたつもりです。ももの姿をしたお人形を助けた人を殺したのは、ももを助ける人間はこうなる、ということです。ケーキを食べさせて殺したのは、ヘンデルとグレーテルそのままですが、甘いお菓子…つまり、もも(ももはケーキ好きですから)のそばへ寄って来た人間はこうなるぞ、ということです。最後はまあ、そのままですね。いらぬおせっかいをするとこうなるぞ、という。それと足の骨を折ったのは、勿論、ももへの暗示のためでもありますね。お前の足もこうなんだよ、と思い出させ実感させるためにね。ももは這っていたようですから。それなら外へ出ようと思えば出られるし、歩こうと思えば、練習を始めるかもしれない。それはまずいですからね。

とにかく、女性たちをいたぶることが重要でした(途中、山登りパーティーの男を殺していますが、あれはおまけのようなもので)。女性は、母親になりますからね。母の存在は、わたしには邪魔ですから。母なるものは、ももに近づくとこうなるのだ、という、わたしなりの、ももへのメッセージでした。

しかし…うまくいきませんね。ももは結局、事実に気付いてしまった。残念でしたね。「ここに描いてあることは、全部おまえのことだ」と言ってもね。ももだって意味が判らんでしょうね。わたしは、ももに、わたしという人間を愛してほしかった。あれは、「どうしてわたしのことをわかってくれないのだ」という叫びだったのですがね。「こんなにいっぱい描いているのに(こんなにいっぱい殺しているのに)」「これでも…わからないのかーっ(愛せないのかーっ)」「どうしても、わからないみたいだね、もも(どうしても、愛してくれないんだね、もも)」と、言った具合で。

まあわたしも思い込みが激しいのは認めます。コンビニでもお客さんが入ってきたり、バイトの藤本君が来ても、全く気付いてなかったりしますから。熱中すると他が見えなくなる質なのでねえ。一方的に責め立てても、ももには全く意味が判らなかったと思いますよ。

もうダメだ、と思いましてね。殺そうと思ったんですよ。限界でした。愛してくれないのなら、傍にいても意味はないですから。ブツ切りにしてね、フライにして食べようと。食べれば、ももはわたしの中に入りますから。一体になれますからね。でも驚きました。追い詰められたからとはいえ、ももは歩きましたからね。まあ、そういうことなんでしょう。ももは、わたしから離れようとしていた、ということでもあるんでしょう。どっちにしろ、もう終わりだったということなんでしょうね…。

それにしても、あの子供は。突然現れて、すべてを終わらせてしまった。わたしを本に閉じ込めてしまった。最初からなかったものにしたんです。ももの記憶も消してしまいました。ももは、わたしのことを絵本の中のことだ、と今は思っているようですね。しかし…ももはこれからどうなるんでしょう。わたしがいなくなった世界で。幸せになれるでしょうかね…」

ま、こんな読み方も出来るということです。

錆びたハサミ」「消えた消しゴム」「女王蜘蛛の舌」「影亡者」の感想も書いています。